活動紹介
渉外・環境部
山岳自然保護憲章(仮称)討議促進のために
2003年7月1日
日本勤労者山岳連盟
I. 労山の自然保護に関する問題提起
はじめに
労山(日本勤労者山岳連盟)はこの数十年間、多様な登山活動を発展させる活動とともに山岳自然を守る取り組みを積極的に進めてきた。その取り組みの中で一定の前進や成果があったが、近年にいたって新たな状況が生まれてきている。
それは、世界自然遺産に登録された白神山地において、国による一方的な登山規制措置に象徴されるような登山の自由を規制する動き、登山・自然愛好者の激増による、百名山など特定地域への過剰利用(オーバーユース)問題、大規模開発による大規模林道やダムの建設、さらに環境サミットに代表される、地球規模の環境破壊や地球温暖化による環境への影響にどう対処するかという問題まで生起している。
このような事態に対処するために、10数年前では予測できなかった新たな事態をも包含した山岳自然保護運動の新たな指針を打ち出す必要に迫られている。
ほんらい、この種の指針(ガイドライン)は多くの登山関係者・団体や自然保護関係者・団体の声をまとめて打ち出すことが理想的であるが、自然保護に関する様々な潮流や指向の違い、あるいは国や政府に対する態度の違いが厳然として存在しており、その事業は一朝一夕で達成できるものではない。
したがって、労山は山岳自然を守る取り組みを俯瞰的に概括したうえで、現状認識を明らかにし、さらなる運動の前進をはかるために「労山山岳自然保護憲章(仮称)」を制定する取り組みをスタートさせたいと考えている。本論は、10月に開かれる第12回全国登山者自然保護集会、2005年、愛知県連盟主管で開催する予定の第13回全国自然保護集会を経て翌年2月の全国総会での制定をめざしている、労山の「山岳自然保護憲章」への全国理事会の基本的な態度と問題提起である。今後、多くの会員と関係者の意見によって内容を発展させ、個々の問題については関係分野共通の意志に広げていきたいと考える。

昨年2002年は国連による「国際山岳年」が世界各地で取り組まれた。日本でも登山団体・登山関係者や自治体などの共同による富士山エコフォーラムや各種のシンポジウムの開催など、「山の自然を守る」ことが広く国民の意識に入った1年であった。今年(2003年)もエベレスト登頂50周年の記念集会や70歳の三浦雄一郎氏の同峰登頂など登山をめぐるニュースでにぎわった。
さかのぼって2000年は労山創立40周年の年であり、同年2月に開いた第24回総会決議では、40年の総括とともに「21世紀登山のあり方の探求」として次のような見地を明らかにした。
「(2)さらに、わが国登山界はかつてない登山の大衆化現象が生み出したさまざまな問題への、あらたな視点にたった対処の必要性に迫られている。その核心は、登山団体と登山愛好者がみずからの課題として、どうすれば登山行為そのものが限りある自然をそこなわず、登山と山岳自然との調和のとれた共存・共生関係をうちたてられるかを探求することにある。この作業は、登山をより人間にふさわしい文化に発展させるための道理ある仕事である」
さらに同総会決議の「6、山岳自然を大切にする思想と行動」の部分では、以下の内容をも提起した。
労山は、その産声をあげて以来、山岳自然を大切にしてきた。「労山会員は緑の番人に」を合い言葉に、政府・自治体、ゼネコンによる乱開発や自然破壊に反対して果敢に戦うとともに、全国一せい清掃登山を他団体に先がけて提起し、ねばりづよく実践してきた。「クリーンハイク」の愛称を創りだし、登山愛好者の間に"山にゴミを捨てるな"持ちこんだゴミは持ちかえろう"---が当たり前のこととして定着したのもこの運動に負うところ大といえる。清掃登山開始から今日までの間に山から下ろした様々なゴミや不法投棄物は膨大な量に上る。他団体と共同して大規模林道建設反対運動や白神山地入山規制問題にも取り組み、成果を挙げた。HAT-J(ヒマラヤン・アドベンチャートラスト・オブ・ジャパン)運動にも参加した。深刻さを深めている山小屋の「し尿」問題を重視した取り組みにも着手した。時々の課題に沿った関連省庁、自治体への申し入れや交渉も続けてきた。さらに、21世紀を迎えるに当たっての最重要課題のひとつとして提案した、限りある山岳自然をそこなわない登山---どうすれば登山行為と山岳自然との調和のとれた共存・共生関係を打ち立てられるか---の探求と「山岳自然保護憲章」づくりは重要な提唱となった。それらの提起はいずれも総会で確認され、労山全体の共通の意志となった。
2002年2月の労山第25回総会では、あらためて「総会で提起した「山岳自然保護憲章」---限りある自然と登山行為との共生関係の樹立のルール---づくりを独自に開始する。そのための検討委員会(労山内外の学者、研究者、有識者で構成)を設ける、として山岳自然保護憲章を制定するために努力することを再確認した。

1.労山の自然保護運動の発端
労山は、早い時期から日本各地で自然発生的に自然保護運動やその端緒的な取り組みとされてきた清掃登山を取り組んできた。動機は山岳自然の汚染や荒廃、乱開発が登山の自由と楽しみを奪い、登山行為を規制することに対する意思表示であった。それは、文化としての登山を守り発展させたいという登山者の率直な要求としてはじめられていった。
それは1971年がスタートの年となった。この年、ビーナスライン美ヶ原線、大雪山縦貫道路、尾瀬縦貫道路等の建設工事の反対運動が各地でいっせいに起きた。当時の労山は、この運動から、その時代の登山者の社会的使命と受けとめ、全国各地で自らの存在意義をかけて取り組んだ。その波及効果は大きく、兵庫県連盟の氷ノ山、東京都連盟の天祖山などでのすぐれた自然保護運動を生み出した。そして、1973年の滋賀県連盟の第1回清掃登山が開始されると清掃登山は全国の地方連盟へと広がっていった。
このような状況のもとで、全国各地の会員の要請に応えて1974年、全国連盟に初めて自然保護委員会を設置し、同年9月に自然保護強化月間(翌年からは国連環境週間である6月に変更)を設定し、誰でもどこでも取り組める「清掃登山」を呼びかけた。これに応えて、各地方連盟は「清掃登山」を積極的に取り組み、独自の運動として大きく発展していった。
この運動の前進を受けて、1980年3月の労山第14回総会で『山からゴミを一掃しよう』のアピールが採択された。これにより、全国で山のゴミをなくそうという労山の活動が開始された。
このような全国各地・各層の運動によって、登山団体はもとより多くの団体や個人あるいは労山会員が清掃登山をはじめるようになった。その後、「清掃登山」は、クリーンハイクと呼び名を変え、日本社会に深く広がっていった。それは海や川あるいは街のクリーン化をはかる取り組みなどにも発展し、環境保全への世論と運動の前進とともに子どもを含めて自然を守るマナーの定着が進んだ。
克服すべき課題としては、マスコミなどを通して事前・事後に広く広報することや自治体や諸団体との共同を促進することなどが挙げられよう。

2.ふるさとの山を守る運動を発展させたクリーンハイク運動
1982年6月、労山は京都で環境科学研究会(その後、日本環境学会と改称)と共催して、「山のゴミを考えるシンポジウム」を開いた。このシンポジウムでは、自然保護運動における「清掃登山」の意義を次のように解明した。
(1)清掃登山は誰でもどこでも取り組むことができる。
(2)清掃登山が自然破壊の点検活動となっている。
(3)清掃登山が開発の抑止力となっている。
(4)清掃登山は広範な国民との協力・共同の関係を深められる。

その後、労山は「全国登山研究集会」の一分科会であった自然保護分野の取り組みを発展させて「自然破壊の点検活動」と「開発の抑止力」をベースにした「全国登山者自然保護集会」として全国各地で順次、開催した。この集会は、ふるさとの山を守る運動として大きな力を発揮し、労山の自然保護運動を全国各地で掘り起こしていった。
(1)第1回集会は、「石鎚山集会」(17都府県から131名。愛媛県。1976年10月)で、「ス ーパー林道」と「緑の番人」宣言。
(2)第2回「美ヶ原集会」(130名。長野県。1977年11月)は、「ビーナスライン美ヶ原線 反対」「南アルプススーパー林道建設中止」。
(3)第3回「薬師岳集会」(17都府県から121名。富山県。1979年)は、アピール「山か らゴミを一掃しよう」。
(4)第4回「八甲田集会」(23都道府県から126名。青森県。1981年8月)は、「八甲田山 大規模スキー場開発反対」。
(5)第5回「比良山集会」(28都道府県から193名。滋賀県。1984年9月)は、「比良山系 自然を守る決議」と「日高中央横断道路反対決議」。
(6)第6回「おくきぬ集会」(180名。栃木県。1987年6月)は、「奥鬼怒の自然を守る決議」と「入山料徴集計画撤回決議」。
(7)第7回「おおくえ集会」(25都道府県から230名。宮崎県。1989年9月)は「祖母・ 傾・大崩山系の原生林を守るための決議」と「尾瀬入山料計画の撤回決議」。
(8)第8回「東京集会」(23都道府県から40名。東京都。1992年6月)。
(9)第9回「白神集会」(22都道府県から114名。秋田県。1995年6月)は、「白神山地の 入山禁止問題」と「ローインパクトとオーバーユースについて」。
(10)第10回「兵庫集会」(237名。兵庫県。1998年10月)は、「ふるさとの山をまもる運 動」と「地球温暖化問題」。
(11)第11回「東京集会」(18都道府県から40名。東京都。2001年6月)。

3.ふるさとの山が山岳自然保護憲章制定の土壌を形成している
クリーンハイクが自然破壊の点検活動や抑止力となっており、今日でも、ふるさとの山での自然破壊のチェック機能を果たし続けている。
例えば、下記のような運動では効果的な役割を果たしている。
北海道・「日高横断道建設工事凍結」の取り組み。
岩手・早池峰や徳島・三嶺の「山のトイレ」問題。
宮城・「船形山の産業廃棄物不法投棄」反対の活動。
群馬・「谷川岳クリーンフェスティバル」の取り組み。
神奈川・「丹沢の水質調査」活動。
石川・「28年続く白山清掃登山」の取り組み。
長野・「山岳水系水質調査」。
愛知・愛知県・三重県両労山共同の「御在所岳集中清掃登山」の大規模な取り組み。
奈良・大台ケ原の「酸性雨と立ち枯れ」にたいする取り組み。
大阪・「近畿圏山域NO2調査」の取り組み。
兵庫・「六甲からゴミを一掃する運動」、
九州・「九州の脊梁山地の自然を守る運動」、など。

4.山岳自然保護についての労山の3つの原則
労山は、山岳自然保護運動について、登山の文化的価値を追求する課題を前提として、次の原則で臨んできた。
(1)山岳自然を守る運動を通して登山の自由を守り、その価値を追求する。
(2)ローインパクト問題やオーバーユース問題などを追求し、自ら実践する。
(3)自然の破壊を許さない。特に、大規模林道・ダムなどの無駄な公共事業中止のたたかい。

5.地球温暖化時代の新しい山岳自然保護運動の構築を
地球温暖化による環境破壊が日本の山岳自然に様々な影響をあたえている。
植生の移動による森林の変化、森林の乾燥化の進行、シベリアの温暖化による冬季の日本海沿岸部での降雪の激減と乾燥化などが、国の各種研究機関ですでに予測されている。これにより生態系の大規模な変化が生じており、日本の山岳自然が大規模に様変わりすることが予測される。同時に、温暖化は曲線的で重層的な進行をはじめた。北海道大学のプロジェクトとロシア科学アカデミーがシベリアで行っている温暖化による大規模森林火災調査、森林火災による永久凍土の露出で二酸化炭素の21倍というメタンが温室効果ガスを放出している。その上、永久凍土の露出で森林は再生されない。シベリアの広大な森林であるタイガが激減した場合、温暖化を促進させるだけでなく東北アジアの気候に大きな変動をもたらし、さらに日本の山岳自然にも予測できない変動をあたえ、全く異なる山岳自然が現出する。
その結果、地球温暖化は登山の楽しみ方を変え、登山そのものに制限を加えることが考えられる。これに対して、21世紀の登山はこれに反発するだけでなく、地球温暖化時代の文化として生き残り、発展する道を探求することが重要となっている。すなわち、現在、人類が出来うるもっとも効果的な方法を登山活動の全分野で展開し、地球温暖化と限りなく共生に近い共存をする。このための、あたらしい自然保護の理念をつくりあげる必要に迫られている。
わたしたち登山者は、環境サミットが国際世論に訴えた"地球規模の環境破壊から地球と人類を守る運動"の一環として、登山を発展させるという見地にたえず立ちながら、登山分野で登山者がどのような態度で臨み、運動するのかという立場を堅持することが大切である。

6.労山が今、なぜ独自の自然保護憲章を提起するのか
現代社会において、登山が社会的にも積極的な役割を果たし、すぐれて文化的な価値を有しているという確固とした立場に立つならば、憲法第13条に保障された、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」を守ることは、国と国民の固有の義務であり、権利であるということができる。
しかし、現実には世界自然遺産に登録された白神山地に入山規制を加える施策や、長い間、国民から愛されてきた日光国立公園の尾瀬で高い入山料を徴収しようとする動きなど、国の施策は「自然保護に名をかりて国民からすぐれた自然を遮断しようとする」ものになっており、その責任を果たしているとはいえない。
また登山者として看過できないことは、林野庁が白神山地の4倍もの面積を森林生態系保護地域に設定した朝日連峰を入山禁止にするなど、国民と登山者の要求と逆行する施策が改まっていないことである。さらに、環境・林野両省庁は、知床、小笠原、琉球諸島を世界自然遺産の候補地に決めたが、ふたたび、「世界自然遺産に登録されたから入山禁止」という短絡なやり方でなく、ひろく国民と地元住民や利用団体の声を聞き、国民に開かれた自然を、より良く維持・管理して提供できるよう求めるものである。
白神山地で生起した入山禁止問題は、従来の「自然破壊の点検活動」と「開発の抑止力」をベースにした従来までの労山の自然保護運動では把握しきれない問題を含んでいた。尾瀬は、日本に最初の国立公園を厚生省(当時)所管でつくらせ、日本自然保護協会を生み出した。白神は『誰のためのナショナルパークなのか』を問うなかで国民が自ら創り出すふるさとの山を守る運動の重要性を解明していた。
これは、労山にとっても第2の大きな転換期となった。日本各地に現出していた労山のふるさとの山を守る取り組みが、多様な山岳自然保護運動をそれぞれの地域社会と連携して始められていたからである。大雪山、日高連峰、早池峰、岩手山、白神山地、船形山、蔵王山、尾瀬、丹沢、高尾山、白山、鈴鹿山系、大台ケ原、大阪環状山系、六甲山、四国の三嶺、九州脊梁山地などでは、「国民から登山の楽しみを奪い、登山の自由を規制することに反対する」だけにとどまらず、自らが活動する地域や地方に根を張った登山活動や山岳自然を守るという自主的意識が形成されてきた。この、全国各地における労山のふるさとの山を守る取り組みで起きてきた変化は、創造的で能動的な自然保護運動を求める流れとなり、告発型の各種の自然保護運動を乗り越える状況になっている。すなわち、全国各地における労山のふるさとの山を守る取り組みが「労山の自然保護憲章制定」の土壌を培ってきたのだといえる。
同時に労山は、日本の他の山岳団体と共同で、遠くない将来に「日本の山岳自然を保護する共同の指針を持つ」ことを希望しているが、各地での共同行動などを除いては現実的な問題として、同じテーブルで議論できる状況には至っていない。当面、以上のような理由で、登山と自然との共存・共生をまとめた「労山の山岳自然保護憲章」を制定したいと考える。
労山の「山岳自然保護憲章(案)」は、地球温暖化時代を迎えた新しい山岳自然保護運動を確立する努力をすすめ、先に挙げた労山の3つの原則を貫いて広範な登山関係者、団体の声を聞いてまとめていきたい。