活動紹介
渉外・環境部
山岳自然保護憲章(仮称)討議促進のために
2003年7月1日
日本勤労者山岳連盟
II. 労山の自然保護運動における課題

1.登山の自由を守る運動
わが国は、1992年の南米・ブラジルのリオデジャネイロにおける国連地球環境サミットで決められた生物多様性条約に加盟したことにより、新・生物多様性国家戦略を義務づけられた。これにより、日本の自然保護は大きな転換を始めた。この結果、登山活動にとって重要な位置を占めている国立公園のあり方についても変更がなされた。
2003年4月施行の改正自然公園法は、従来の景観の保全から生態系や生物多様性の保全へと転換をはかった。その結果、脆弱な生態系を守るためとして「利用調整地区制度」が新設された。これは、自然公園内で、(1)人の立ち入り制限区域の指定、(2)この制限区域に立ち入るためには、立ち入り認定証の携帯が必要であるという徹底した入山規制の制度となっている。当初は、知床、小笠原列島の適用が予測されていたが、意外にも尾瀬・至仏山での適用が検討され、入園(山)料と入山者制限が取りざたされている。
白神山地は、林野庁の森林生態系保護地域の指定とコア(核心)地域への入山許可制という二重の入山規制の網がかけられて来た。しかし、この入山許可制は、全く実情に合わなかったため、今年7月1日から許可制から届出制に変更となった。また、現在、浮上している朝日連峰も入山規制を前提としている。これらの動きを座視すれば、日本各地の沢登りなどの登山活動が規制されていくことが目に見えている。
日本自然保護協会の国立公園制度検討小委員会は、「21世紀の国立公園への5つの提言」をまとめている。主な内容は、(1)国立公園を日本を代表する生態系と生物多様性の場に、(2)国立公園を活性化するため、適切な費用負担のルールに関する合意形成をはかる」。 これらは生物多様性の確保という今日的課題をめぐる新しい入山規制・入山料問題の出現を意識したものである。生物多様性の確保と登山者による登山活動の限りなく共生に近い共存の関係をどのように築くのかということが、登山の視点から具体的な解明が求められている。

2.山岳自然との共存を求める運動
労山が発行した『どうする山のトイレ・ゴミ―オーバーユースと登山者の課題―』(大月書店)で労山の西本武志理事長は、次のように述べている。
山をこんなにまで痛めつけ破壊してきた主犯は、「公共」という美名のもとに、膨大な血税をつぎ込んで大規模林道や巨大ダム建設といった、大企業の金儲けの応援に血道をあげ、自然環境や美観を無視した自然乱伐、人工造林、(その一方で自国林放置、外材依存)、リゾート開発、国有林売却等々の無謀な林野「行政」と、自然環境の悪化を促したとさえいえる「環境なき環境政策」を推し進めてきた時々の政府・自治体である。
そして、その「行政」と一体となってカネにさえなれば、山であれ、なんであれ、食い荒らしてしまう大企業こそ共同正犯である。さらには、集団ツアー登山を演出し、大量の登山客を山に送りこんで利益をあげてきた観光資本、「百名山ブーム」をあおりたてたマスメディア、はたまた、登山道整備、遭難者救出といった一定の公共的役割を担ってきた点を評価されるにしても、長期間、し尿の垂れ流しや安易なゴミ処理を続け、山の汚染・劣化に目をつぶってきた営利目的の山小屋経営者の姿勢も問われよう。
だが、冷静に振りかえってわたしたち登山愛好者になんら責任なしと言いきれるだろうか? つらいが「否」である。登山者が、「深田百名山」を典型例とする特定山域・有名山岳へ過度に集中(いわゆるオーバーユース)した結果、惹き起こされたのは植物群落の踏み荒らし、裸地化、登山道の侵食であり、膨大なゴミや排泄物や排ガスによる水質汚染、植生への悪影響など、さまざまな山への深刻なダメージではなかったか(他方では、事故や遭難の増加という悲しむべき副産物も生み出した)。
(1)オーバーユース問題
オーバーユース(過剰利用)は、登山活動がそれぞれの山域の受け入れ能力の範囲内であれば生じない。たとえば、湿原やお花畑は受け入れ能力が低く、森林は受け入れ能力が高い。したがって、オーバーユースは単に登山者の多い少ないだけの問題ではない。労山は、多くの国民に登山の機会と楽しみを広げるために、受け入れ能力が低いところには、木道・トイレ・山小屋などの整備を要求してきた。しかし、90年代の爆発的な登山ブーム、いわゆる「百名山」ブームの到来により、産業としての登山ビジネスが確立してオーバーユースは全国の著名山岳地帯へ広がっていった。
(2)山のし尿処理問題
その結果、山のトイレ問題が生じてきた。早池峰や三嶺では、し尿の担ぎ下ろしが行なわれている。そして、担ぎ下ろしながらの携帯トイレの普及活動は、労山が目指す「山岳自然に与える負荷を最小限にとどめられるような登山の方法(ローインパクト)」として注目にあたいする行動でもある。逆に、トイレの有料制も登山者の中に広く受け入れられてきている。尾瀬自然保護財団によれば、昨年の尾瀬の有料トイレの収益は1千万円だったとして、1人平均30円と算出している。目標は、1人平均100円であったという。今後は、利用に見合う整備の一部負担を登山者が負うべきかどうかを検討する段階になってきている。
(3)集団登山問題
集団登山の現状は、国民に広く登山の機会をつくり、登山を普及するという姿勢をもつリーダーのもとではオーバーユースは生じにくい。
ある山小屋経営者は「100人の個人が山小屋に来た場合、トイレは余り汚れないが、100人の集団の場合はおおむね汚れる。と言っても、リーダーによって全く異なる」と語る。解明の糸口は、ここにあるようだ。したがって、集団登山を安易に否定するのでなく、集団登山のリーダーや登山者個々への自然保護教育が十分になされていれば、人数を自己規制した限定的集団登山にハイキング層を取り込んで登山を楽しみながら自然保護を普及することは可能であろう。今、労山などの登山団体に求められているものは、集団登山を登山者教育の場にすることが求められているのではないだろうか。
(4)ローインパクト
ローインパクト(自然にやさしい登山技術)に関しては、労山が続けてきた25年間のクリーンハイク運動により、山からごみを一掃するという世論がほぼ形成されてきた。今後は、福岡県連盟・久留米の「チョボラ」(ちょっとしたボランティア)活動のように地域社会や他の山岳団体とクリーンハイクなどを共同で取り組むという方向が必要であろう。
(5)登山道の踏み荒らし問題
登山道での問題は登山者が登山道を踏み外すことなどにある。登山者にもかなりの責任があるが、登山道が人と自然との関係をみて、合理的につくられていない実情もある。丹沢・大倉尾根は天をつくような階段になっているが、金冷しの分岐を鍋割山荘方面に向かうとほっとするような登山道になる。東北の吾妻連峰・天元台コースは、リフトを降りると百名山の西吾妻山まで延々と幅2メートル以上もある学校の廊下のような木道が続いている。奈良の大台ケ原も空中回廊と化しており、石川県の白山のひとつの登山道では登山道自体が石畳化しているのが現状である。
(6)国・自治体による条件整備は
しかし、東京・奥多摩の御前山では東京都が登山者の意見を聞き、協力を得て登山道の整備をしたときは、資材も地元の材木を使用するなどかなりの成果があった。したがって、環境省が推進している「日本百名山登山歩道整備事業」(現在23事業を公表)を登山者の立場からローインパクトな登山道に要求することは必要なことではないだろうか。この事業の実施母体は各都県府県なので地方連盟が具体的にかかわることができる。
また政策の整合性に疑問を生じるものもある。東北の朝日連峰では、日本百名山登山歩道整備事業を公表しながら、入山規制を前提にする世界自然遺産登録を考えているなど、役所のご都合主義が生じている。
このような状況のもとでは、登山道整備についてローインパクトの立場から行政に対して要求をするだけでなく、ボランティアの範囲に留まるにしても具体的にかかわって監視していく必要があるのではないだろうか。
(7)登山者の欲求の限界と観光登山。
行政はともすると、登山道や各種の施設の収容能力を大きく見積もってつくり、大量に入山すると、また広げるという悪循環を繰り返そうとする。それは"入山者を増やす"という意図から発想するのでそうなってしまう。結果的に「観光登山」の呼び水となっている。旧来の登山道を知っている人にとっては、余りにも人工的な工事でショックを受けるだろうが、以前を知らない人にとっては快適に思える。中高年者の登山ブームは、利便性追求の登山環境の中で行なわれているという一面も見逃してはならない。人間にやさしくと自然にやさしくは本来一致すべきものである。

3.山岳自然の破壊を許さない運動
(1)ダムや大規模林道などの開発事業
ダムや大規模林道などの開発事業は脱ダム宣言以降の世論のもと、廃止・中止・縮小・凍結の方向になってきていた。北海道の日高横断道建設工事は凍結したが、ダム問題で唯一兵庫県連盟が奮闘している武庫川ダムはいまだ解決がついていない。
(2)砂防ダムなどの開発事業による自然破壊
開発事業による自然破壊については、今後も引き続き追及する。むだなダムのさらに奥地に無数に点在する「砂防ダム」がある。その寿命は70〜100年程度といわれ、林野庁の調査でも1964年からの4年間で769基の砂防ダムが壊れたと述べている。そのほとんどが河川の自浄化を無視した意味のないものだけでなく、大規模な自然破壊を誘引している。この分野の対策は今後の課題となっている。
(3)中止・凍結された開発事業のあと始末
同時に、廃止・中止・縮小・凍結された開発事業のあと始末も考える必要がでてきた。岩手県の岩手山山麓の広域林道・奥産道などがその典型である。また、山岳自然の破壊を行った上で、その責任と反省を不明確にしたまま、世論の非難を逆手にとった自然再生推進法による自然再生型公共事業がはじまっている。これなどは、厳しく対応しないと二重のムダな公共事業となる可能性がある。どのような対応の仕方が有効か検討する必要がある。
(4)環境汚染による自然破壊
環境汚染による自然破壊は、西日本で深刻である。複合汚染である酸性雨の原因物質の窒素酸化物が大阪では年間5万トンも排出される。奈良の最奥部の酸性雨で森林の立ち枯れが生じている大台ケ原や京都と福井の県境にある芦生の演習林でも検出され、大阪を中心とした関西の労山が科学的な調査を進めている。
(5)海外から飛来する化学汚染物質の影響
同時に、中国大陸から飛来する化学汚染物質などの山岳自然への影響を考える必要も出ている。研究機関では人工衛星を利用した「化学天気図」の作成と利用の準備がすすめられている。これらの事態がかなり深刻であるにもかかわらず、私たちは日本の山岳自然にどのような影響を持つかはほとんどつかんでいない。
(6)森林の再生問題
国有林問題については、前出の労山の見解と日本自然保護協会の国立公園制度検討小委員会の「21世紀の国立公園への5つの提言」の中の「提言1:国立公園を日本を代表する生態系と生物多様性の場に」の「国立公園内の土地や権限の環境省への移管」という政策プログラムを登山者の立場から点検・検討することが必要となっている。
この政策プログラムの主な内容は、(1)国立公園内の国有林を段階的に環境省に移管する。まず、特別保護地区の移管を進める。(2)国立公園内の道路、河川・湖沼等については環境省の所管に統一する。(3)国立公園内の民有地買上げとナショナルトラスト保全契約の検討。

4.地球温暖化と共存する自然保護運動
(1)登山界の共同で省エネを促進する運動を。
自家用車利用による山行を可能な限り抑制する山行活動を普及する。少なくとも労山会員は率先してディーゼル車の使用を抑制するように努力する。
(2)山岳自然の変化についての情報の提供システムづくり
地球温暖化をなくすあらゆる努力とともに、温暖化が日本の山岳自然にどのような変化をあたえるのかという最新の情報と見通しを得るために国立の各研究機関及び大学等と情報の相互提供システムづくりの検討を開始する。相互提供システムとして、次の提案をする。
労山が提供するのは、日本全土の山岳地帯における各研究機関が要請する現地資料及び情報。要請をだす各研究機関等は、地球温暖化による日本全土の山岳自然の変化の予測資料と解説などを提供する。
(3)「温暖化実態白書」づくり運動
ふるさとの山で、いつ初雪が降ったのか、いつ桜が咲いたかなどという自然の変化と推移の実態調査を各会の山行活動の一環に組み込む『温暖化実態白書』づくり運動をはじめる。このための対策と目標を決めて促進する。具体的には、過去のデータを当時の会員から聞き取り、ふるさとの山での温暖化による変化を登山活動をつうじて実感できるように普及する。『温暖化実態白書』の情報は労山全体で共有するシステムをつくる。