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フォーラム「中高年登山者の山での食事を考える」を聞いて
「さて一本入れましょうか」リーダーの声がかかると、やれやれとザックを下ろし、各自が行動食を取り出します。ふと見渡すと、人それぞれ千差万別なんですね。みなさんは、山でどんな食事をされているのでしょう。俗に"シャリバテ"なんていう事態におちいらないためには、どんなことに気をつけて、食事計画を立てたらよいのでしょうか? こんな身近な疑問をテーマにしたフォーラムが東京で行われました。タイトルはズバリ「中高年登山者の山での食事を考える」。日ごろ感じる疑問を、わかりやすく説いてくれたこのフォーラムは、たいへん密度の濃いものでした。

 この"フォーラム"とは、11月16日におこなわれた日本山岳会主催フォーラム「中高年登山者の山での食事を考える」---栄養学、生理学ならびに登山技術から見た食料計画---です。副題の示すとおり、前半は各分野に詳しい方々の講演が行われ、後半は一般参加者を交えたパネルディスカッションという2部構成で行われました。講演者は、塩田純一氏(医師)、小池すみ子氏(管理栄養士)、服部文祥氏(「岳人」編集部)、越谷英雄氏(ICI石井スポーツ)の4人です。

山でバテるということ

まず演台にあがったのは、塩田純一氏です。塩田氏は"バテる"という現象は、それが起きる理由として、(1)筋肉疲労(2)急性の低血糖状態(いわゆるシャリバテ)(3)精神的疲労(気疲れなど)を挙げます。
ここに挙げられたシャリバテは、行動中のエネルギー不足が原因で起こるのですが、食事の取り方で、この事態は避けられるものなのでしょうか。
塩田氏によれば、朝飯は1日分のエネルギーを供給するつもりで、消化吸収がよくて腹もちのよい多糖類(ご飯、パン、めん類などのデンプン)を含む食品がよいとのことです。もちろん水分も欠かせませんが、お茶やみそ汁など液体だけを大量に取ることは胃液が薄まり消化吸収が悪くなるので、あまり勧められません。うどんやご飯など、その食材自体に水分をたくさん含んだ固形物を取るとよいようです。
また行動中には、こまめに糖質を含む食品を取ることが、バテを防ぐ秘訣なのだそうです。中高年ともなれば、だんだん無理が利かなくなってくるのが常。水分補給、エネルギー補給どちらも早め早めが肝要なのは、言うまでもありません。

糖質を含むものを行動食に

さて、糖質を含む食品とは、いったいどんなものなのでしょうか。続いて演台にあがった小池すみ子氏は、単糖類は基本的に甘いものが中心です、と切り出しました。
あめ、キャラメル、チョコレートをはじめようかんやどら焼きなど、行動食の定番ともいえる食品は、単糖類を大量に含みます。単糖類は消化吸収が早く、すぐにエネルギーとなるので、シャリバテを起こしてしまったときに即効性のある食べ物として活躍するというわけです。また果物やドライフルーツも、消化吸収の早い果糖をたくさん含んでいるため、バテに即効性のある食べ物として挙げられます。ただし、単糖類は長持ちしないので、その後の行動が長くなるようなら、多糖類も併せて摂った方がよいでしょう。
とはいえ、いくら体にいいといっても、嫌いなものではなかなか喉を通りません。まして疲れきったときには、いつもは食べられるものでも、受けつけなくなることが、しばしばあります。そんな時のために「これならいつでも食べられる」という行動食を見つけておくことをお勧めします。こんなちょっとしたことが、"安心"につながるのではないでしょうか。
また、きちんと昼食の時間をとるワンデイハイクならば、行動食という考え方から離れ、より食事を楽しみに変えることができます。コンロ持参で簡単な調理をする場合など、ラーメンに生野菜を入れたり、ホットケーキの素にドライフルーツをのせて焼いたりするのも、目先が変わってよいのでは、と小池氏は話します。
さらに干ししいたけや、干しえび、のり、かつお節、わかめなど、日本の伝統的な乾物をうまく使うことで、山の料理は、見違えるほどグレードアップするはずです。

山行中の気になるあれこれ

後半は講演者4人に、大蔵善福氏(登山家)と、主婦の登山愛好家・瀧上美奈子氏が加わり、パネルディスカッションと、一般参加者による質疑応答と続きました。
一般参加者からの「中高年になったら、喉の渇きを覚えてから水を飲んだのでは、遅いのか」という問いに、「必ずしも、自覚症状と脱水状態がリンクしているわけではないので、一概にはいえない。ただ、尿の色が濃くなったら、体内の水分が少なくなってきた信号と考えていい」(塩田氏)とのこと。また、水分を体内に吸収する早さは、普通の水(5度C前後)が一番で、牛乳などタンパク質を含んだものは時間がかかるということです。運動中によく飲まれているスポーツ飲料も、糖分やミネラル分が含まれているので、吸収される時間は、水よりも遅いのだそうです。近年のスポーツ飲料の開発は、この点に腐心しているという話でした。
また「山行中のアルコール摂取はよくないのか」という質問に「行動中ならば、アルコールは中枢神経に作用するので、バランスが悪くなる。さらに、尿の量が増えて(脱水状態になり)血液が濃くなってしまい、その結果、血管が詰まりやすくなる」(塩田氏)との答え。中高年でなくとも大きなリスクとなりそうです。
さて、ひとことに行動食といっても「昼食は時間をきちんと決め、持参のうどんやラーメンなどを作って、ゆっくり食事を取る」(瀧上氏)というワンデイハイク派から、「沢での行動食は、ミズ(ウワバミソウ)のむかご。これで多少はしのげる」(服部氏)などというワイルド派まで、その山行形態によって、まったく変わってくるのが実情です。
長期にわたる遠征隊の食事をコーディネートすることの多い、越谷英雄氏にとっても、昼食(行動食)は一般論を出しにくく、その遠征隊の向かう場所、ルート、目的によっていかようにも変化するといいます。
これは、私たちが国内で行う山行についても、まったく同じことが言えるのではないでしょうか。様々な山行形態があるなかで、自分はどのような山行を行うのか。それを把握した上で、多少の生理学的知識と、食品の特性を頭にいれて、自分の山行に見合った食料計画を立てることが、必要になってくるのです。

今泉 奈穂子
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