要望無視で進行した岩木山の登山道整備工事
1998年に青森県主導で、岩木山南西麓「ミズバショウ沼」を農村整備事業の「農村公園」にすることになった。計画では、「赤土盛土にラベンダーと藤を植栽、駐車場、トイレ、沼周縁にアスファルト道路、沼上に歩道橋的な桟敷の建設」となっていた。弘前勤労者山岳会は、山岳自然の保護の観点から「植生と景観を損ねない」ことを青森県と岩木町に申し入れ、話し合いを数回もった。その結果、ここでは要望が取り入れられた範囲・形態での農村公園となった。
さらに、環境庁からは登山道整備費として2000万円が岩木町に交付された。町は2001年、2002年にふたつの登山道を整備すると発表していたので、本会はその交渉の中で、町の担当課長に「登山道整備」にあたっては「登山者等の声を尊重してほしい」旨を要望した。しかし、要望無視の中で、01年に百沢登山道が「整備」された。そして、02年には岳登山道が[(1)誘導看板等設置(誘導標識・ひば標柱16基、案内板3基、入山届用ボックス2基)(2)登山道整備(急傾面の滑り止め、傾斜面、V字通路の修復、渡り橋)岩木町平成14年度発注]として整備が進められるという情報を入手した。
登山道整備工事に関する弘前勤労者山岳会の意見
そこで、岩木町に以下の「登山道整備工事に関する意見書・質問書」を送付した。ここでは、誌面の都合で質問書での内容は省略し、意見書の内容のみ紹介する。
<1>登山道整備に関する留意点
(1)自然に配慮し自然を実感できる登山道、踏跡確保程度の整備であること(2)自然的な治癒が可能な整備、人工的要素を可能な限り入れないこと(3)登山道整備に都市型道路の感覚や意向を導入しないこと(4)工事は業者にすべてを委託せず、行政担当者も現場に出向くこと(5)植生・地質などに詳しい者、登山者を現場に立ち会わせ意見を反映させること。
<2>標識(標柱)などに関する留意点
(1)標識などは「異物」だと認識して、形体は単純明快で周囲の自然とマッチするもの(2)登山道であるという最小の目印、最少の整備。掲示内容は登山者が求める最低限のもの(3)設置場所は登山者に必要な場所(4)設置した以上「確実性」を持続させること(5)形体、色彩、掲示内容、場所、規模などの設定には十分登山者の意見を聞き、設置場所設定には複数名の登山者を立ち会わせること。
<3>岳登山道の「整備」よりも必要なこと
岳登山道は整備すべき場所がない、すばらしい登山道である。鳳鳴小屋からバスターミナルまでは岩木山のどの登山道よりも快適に登降ができるし、ブナ林中の道はしっかりしている。中腹から山麓部にかけては、スキーなどのゲレンデと雪上車の通路となっていたため拡幅が激しいが、雪上車・自動車の進入を禁止することで自然植生の回復がはかられ道幅の縮小は可能である。「整備」は標識設置程度に抑えるべきである。
整備された百沢登山道の問題点
先に述べたように、2001年に整備された百沢登山道には登山者の要望は反映されなかった。「百沢登山道にはがっかりした。最初の標柱には頂上まで4時間と書いている。5分位登った七曲の標柱には3時間30分とある。800メートル地点では植物群落を開削して道を新設している。いままでの道でいいのに、どうしてあんな登山道を造るのだろう」と、本会会員の工藤龍雄氏は整備された登山道について手紙で感想(要約)を述べたが、百沢と岳両登山道は、あえて「整備」を要しない登山道であると考えている。要するに、この整備は行政的に「交付された予算を消化するため」という意味合いが強い。総じて不要物が多く、登山者の視点が感じられないものであった。
具体的に整備内容を見てみると、次のような問題点があった。新道開削/樹木などの伐採/土石の掘り出しと移動/異物の持ち込み(土留め用丸太はつるつるに磨かれた細いもの・土留め用鉄骨・土留め流土防止用化学繊維)/形ばかりの土留め(消雪後崩落している箇所が多数ある)/大沢右岸には数年前に開削した登山道があるのに、その対岸に「足場パイプを使ったへつり用の橋」を設置/事実とあわない標識と標柱の設置。
岩木山にはもう一つ、赤倉神社の信者が神のお告げとしてはじめた「整備登山道」がある。これは自然への配慮がなく、人為的に加工を施し、著しく伐採し、使われている石はすべて掘り起こしたもので穴が排水溝として穿たれている。道の拡幅は以前の3倍以上。樹齢数千年のコメツガが伐採や掘り起こされている(これに対して岩木町、県自然保護課は指導的なことは今もって何もしていない)。
計画・発注の仕方など、行政的な問題点について
行政的な問題点としても以下の点が指摘される。 (1)登山道整備に協力していこうとする本会などを無視して整備工事を落札させたこと(2)整備工事の具体的な内容を文書で公開せず、送付された「意見書」などに発注側の考えをはっきりさせなかったこと(3)発注から入札、落札までには具体的整備という過程が欠如し、市民・登山者などを交えて現地調査などをするということがなかったこと(4)「整備に関わる具体的な計画書はない。これから岩木山環境保全協議会(町長が会長、岩木山の環境について審議諮問する組織)で検討して作成する」と言うが、入札⇔落札がないまま行われたとすれば、入札⇔落札行為の公正さに疑義が生じること。同時にこの入札⇔落札行為はずさんなものであること。また、「整備計画」が存在していたならば、欺瞞があるということ(5)「整備された百沢登山道」に対して、登山者などから破壊だという意見が出ていること(6)最近は市民の行政参画が求められているが、町には参画を歓迎しない姿勢が見受けられること。本会に対し当初は敵対・排斥の姿勢があった。
岳登山道整備に登山者の意見を反映させるための交渉
本会は、マスコミ各社に岩木町に提出した要望書などを直接持ち込み、先に述べたいろいろな問題点があることを説明をした。これを受けて各社は、町に取材に行ったそうである。このような経過のあとで、当会に対して「岩木山環境保全協議会」への参加要請がなされた。
本会は、整備工事の具体的な設計・見取図の資料提供を受けたうえで、協力できる内容であれば積極的に参加していくことを確認し、次の要望書(概略)を事前に送付した。(1)自然・植生など保護の点から山を傷つけない、山にとってありがたい登山道の整備であること(2)自然に配慮し、人工人為的要素・加工を取り入れずに自然治癒が可能な整備であること(3)都市型道路の感覚や意向を導入しない登山道整備であること(4)整備計画などを業者にすべてを委託しないで、必ず、植生・地質などに詳しい者、登山者などを現場に立ち会わせてアドバイスなどを受け、それらを反映させるべき整備工事であること(5)人工的な工事で「登山者の安全」を考慮するよりは、人的なメンテナンスで安全をはかることを大事にすること(6)岳登山道沿いに観察される蝶「フジミドリシジミ」の保護に十分配慮すること。
本会が協議会での審議に参加することを表明して以降、町が示した審議文書『岳登山道(町道常磐野4号線)の整備について』の前文には「登山者に安全な登降をしていただくために、自然環境に配慮して行うものであるが、整備にあたり、次の事項を基本として行うものである」とあり、以下の内容が協議会に提案され決定した。
<標識設置について>
(1)標識は、登山者の安全、利便性を考慮し、必要最小限にとどめる(2)既存の不要となった看板などは、撤去する(3)看板、標柱は木材を用い、形体は単純なものに統一する(4)標識は、登山道上に設置するが、植物が生えている場合は、それを避けて設置する。
<整備について>
(1)登山者の安全確保のため、必要な場所に施す(2)既存の登山道の拡幅は行わない(3)自然石及び植物の掘り出し、移動、伐採は行わない。
またその他にも、審議の過程で、(1)今後、複数の道を数年ごとに設定することで裸地化を避けることを検討する(2)急な所に設置する階段状のものは数は減らし幅を広くする(3)基本的にできるだけ道の拡幅はしない(4)御神坂に落石死亡事故についての注意書きを掲示する、などが確認されていた。
大きな変化をもたらした活動の成果
組織的・社会的な点について
岩木町が提示した『岳登山道の整備について』(前掲)が、本会が送付した意見書などを参考に作られたものであることは明らかである。これを含め計画・方向性などのずさんさは否めないが、岩木町の「登山道整備」に関わる姿勢・視点の変化は、それまでの「身内的な協議」の場に、客観的な外部の自然保護の立場の者や登山者を加えたことを含めて評価される。本会が協議会の構成メンバーとして、今後参加できるようになったことも前進であるだろう。現実的には、その後、町営スキー場にスノーボード用のゲレンデ設営に関する意見を求められるなどしている。
実際に整備された岳登山道について
2001年、整備された「百沢登山道」と比較しながら改善された点を述べると、(1)土留め兼用の階段(足場)に使われている杉の丸太は粗丸太(皮を粗くむいただけのもの)になった(2)丸太を止める杭が鉄製から木製になった(3)杭と丸太を止める針金がステンレスから亜鉛どぶ付けの太いものになった(4)土留めの横にはわせた丸太の下に敷かれている流土防止用の化学繊維が腐敗する椰子皮状の植物繊維に変わった(ビニール袋から麻袋に変わったと言える。百沢登山道のものは今回使用している物と入れ替えるべきである)(5)おおむね道の拡幅・掘り起こし・伐採などは見られない(6)建築足場用の丸鋼管などを使った箇所はどこにもない(7)新道の開削は見られない(8)整備・設置計画が大幅に見直された(誘導標識・ひば標柱6基、案内板1基、入山届用ボックス1基となった。急傾面の滑り止めは土留め兼用の木製足場をできるだけ広い間隔で敷設された。傾斜面、V字通路の修復はされなかった。渡り橋の設置もなかった)。
登山者の姿勢とかかわり方はどうあるべきか
自然をよく観察し、情報に敏感な登山者になろう
この問題の端緒には「登山者の観察と報告」と山岳自然破壊につながる「情報の収集」があった。情報に敏感になって、登山行動の基本である山岳自然の観察を緻密にする中で、行政や企業に事実を突きつけることが重要である。通行人的な登山者からの脱皮
を図り、地に足をつけて山岳自然の実態学習をすべきである。
登山道整備は、登山者自身が主体的にかかわるもの
登山道は登山者が主体的に関わるものであって、他人任せのものではない。今後の登山道整備には「行政、業者、市民、登山者、自然保護関係者、専門家などが意見や知恵を出し合いながら自然に配慮した整備(改修)行動に参画していくこと」が必要である。
登山者自身の危険克服の姿勢と努力
山なのだから傾斜面やV字通路、足場が悪く滑りやすいところがあるのは当然である。滑らないようにするのは登山者自身。それが自然の中に身を置くものの原則だろう。歩行に易さだけを求め、自分で危険を避け得ないようでは山に登る資格はない。標識に地図の代わりをさせ、人工的な登山道に危険から自分を守ってもらおうと求めることは、業者や行政の思惑と直ぐに合致してしまう。そこから人工的な登山道の整備が行われ、山岳自然の破壊がはじまるのだ。自立し自助努力できる登山者が多ければ登山道の整備は不要となり、それは自然を守ることにもなる。間もなく提起される労山「山岳自然保護憲章」に基づいた登山者の育成が「階段状態やエスカレーター的な登山道」を求めないことにつながっていくはずだ。
行政や自然保護団体と協力した課題の追求
この自然に配慮した登山道の整備は、私たちに今後、行政や自然保護団体と協力してスキーコース・雪上車通路とされた場所の植生的な回復作業に取り組む登山者自身のことを示唆してくれた。
[写真キャプション]
上:昨年整備された百沢登山道。大沢に架けられた足場用パイプとコンパネ造りのへつり橋。 |
下:山頂直下に設置された岩固定用、通路指示と侵入禁止のための杉の木柵。 |
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