山小屋をなくすのか---高裁も撤去命令撤回を認めず
「それはないだろう」発言はなんだったのか
田中喜三郎
(三俣山荘の撤去命令を撤回させる会/山口・宇部小野田労山やまびこ)
3月26日午後1時、全国各地から集まった「三俣山荘撤去命令を撤回させる会」の会員は、大きな期待で名古屋高裁金沢支部の法廷を埋めました。原告の伊藤正一さん(80、労山創立者)と神谷信行弁護士は、法廷に入って開廷を待ちます。しかし、国側の席は開廷時刻になっても誰もいません。これまでは毎回、公費で十数人が出張してきていました。裁判長が審理の過程で、国の処分を「それはないだろう」と発言するなど、控訴審の流れを見て、国側は負けると思って来ないのだろうか---。我々は手弁当で休暇をやり繰りして来ているというのに、国側の態度はまことに不誠実だ。

裁判長が判決主文を読み上げる。伊藤さんの国有林野使用不許可処分取消請求について「控訴棄却」。法廷はあっという間に終わった。会員の間になぜだという気持ちが広がっていく。

林野庁は84年に、それまで地価に基づく定額であった山小屋の地代を、売り上げに応じた「収益方式」に一方的に変更。山小屋に営業実績の報告を命じました。黒部源流で三俣山荘、雲の平山荘、水晶小屋、湯俣山荘を経営する伊藤さんは、この変更を不服として営業報告書の提出を拒否。なんと89年に山小屋の撤去を命じられ、91年に撤去命令処分取消を求めて富山地裁に提訴しました。99年に一審敗訴。この日、控訴審判決を迎えました。伊藤さんは、終戦直後から北アルプス最奥部に入って山小屋を経営してきました。

判決理由で川崎和夫裁判長は、山小屋経営の公共性は否定しなかったものの「山小屋経営は営利目的事業であり、使用許可の際に公共性を考慮するかは林野庁の政策的裁量にまかされる」とし、「収益方式は山小屋経営に深刻な打撃を与えない」として、伊藤さんの主張を退け、収益方式への変更を妥当としました。林野庁の撤去命令を是認したのです。

判決後、記者会見した神谷弁護士は、「意外な判決だ。審理の中で裁判長が『40年以上も山小屋を営業している原告は、資本を投下している。国有林野の使用といっても、実質的には賃貸契約で、値上げについて合意できなかったら更新しないという処分は、それはないだろうという気がする』と述べたことを、我々は重く受け止めていた。最低でも、『地代だけの問題なのに、いきなり使用不許可は行き過ぎではないか』という判決が出るのではないかと思っていた」と述べました。

伊藤さんも、「売上方式が今後とも存在するということになれば、どのように値上げされるのも自由裁量になりうることになり大問題だ。どんな小さな山小屋でも、地方自治体の備えている能力を持たないとやっていけない状態になっている。電気、水道、ゴミ、し尿の処理など、すべてを自前でやらなければならない。山小屋の経営は、ますます困難になっている。山小屋の公共性を考慮していない判決で敗訴となったが、再び決意を新たに上告してとことん闘うつもりです。山小屋経営者やみなさまの世論の支援が頼りとなりますので、よろしくお願いします」と、新たな決意を語りました。

5時から開かれた報告集会では、「撤回させる会」の会員など、30人を超える全国各地の支援者から、「控訴審を傍聴してきて期待していたが、何でそうなるのという思いだ」「公共性というのは、国の政策的な自由裁量で左右されるものなのか。国民の共有財産は国の考えひとつで、どうにでもなるものなのか」「労山の趣意書は登山の権利を理念としてうたっているが、伊藤さんのこの裁判は、そのことの具体的行動として、一番さきがけとなるものだ」などと次々に発言が続き、今後も撤去命令を撤回させるまで頑張っていこうと確認しました。

また、集会には、作家の森村誠一さんからのコメントが伝えられました。「この判決によって、北アルプス最奥の三俣や雲の平から山小屋が撤去されれば、一般登山者はこの山域に入れなくなる。国は国民から山を奪い登山文化を破壊し、遭難が発生すれば遭難事故に手を貸したことになる。今後、山小屋は経営を圧迫され、登山者の危険が増すであろう。恐るべき判決だ」。

なお、この裁判で伊藤さんが主張していることは、以下の6点です。
(1) 山小屋敷地使用料は、昭和20年代から昭和61年まで地価方式で算定され、当事者間で定着していた。これを大幅な値上げとなる「収益方式」に変更するには、国はこの使用料算定に関する諸情報を公正に開示するとともに、なぜこの制度が合理的なのか、特にアメリカで実施されている制度であるとして導入するのなら、その正確な実態を説明する義務がある。情報を公開しなかったばかりか、ウソの説明で導入した「収益方式」は違法である。
(2) 40年にわたって続いた地価方式による支払いは、今後も続くであろうことを信頼することは法的にも保護されるべきである。
(3) 収益方式は、山小屋の公共性と山小屋経営者の公共奉仕を適切に評価していない。
(4) 「国民の登山をする権利」の視点から山小屋の果たしている公共的役割についてみると、山小屋は、本来国が行うべき役割を国に代わって国民に提供している。このことから、行政処分に関する自由裁量の範囲は実質的に限定されなければならない。
(5) 同じ山小屋でも、使用料の算定が林野庁と環境省で違うのは不平等だ。
(6) 法律に基づかない営業実績報告書の提出強要は憲法31条違反で、提出を拒否したことで使用不許可としたのは裁量権の逸脱である。

最高裁での闘いに、いっそうのご支援をお願いします。

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