自然保護担当者会議報告レポートから
昨年10月に行われた全国自然保護担当者会議で報告されたレポートを順次紹介しています。今月のレポートは、奈良県連盟が取り組んでいる大峰山での立ち枯れ調査についてです。
大峰山系の立ち枯れと奈良県連盟の自然保護の取り組み
由良行基周 (奈良勤労者山岳会)
紀伊山地の屋根をなす大峰山系は、高いもので標高1700〜1900メートルに達する山々が南北に連なり、ほぼ全域が吉野熊野国立公園に指定されています。自然林伐採や拡大造林による二次林や植林地の割合が多いものの、稜線部およびその周辺部には自然林が残っています。標高900メートルから1600メートルまでは、ブナ、カエデ、ムシカリ、シロヤシオ等の広葉樹が、1600メートル以上にはトウヒ、モミ、ツガ、ウラジロモミ、シラビソなど亜高山帯の針葉樹が主植生を成しています。中でも、近畿最高峰の八経ケ岳(1915メートル)の山頂部はシラビソ、トウヒの原生林が広がり「仏生ケ岳原始林」として天然記念物に指定されています。また、仏生ケ岳〜孔雀岳の稜線部にはトウヒの純林が広がっています。

深刻な立ち枯れを継続して調査

この大峰山系におけるシラビソ、トウヒの立ち枯れは、1979年、奈良植物研究会の資料に報告されており、かなり以前から進行していたと思われます。8〜9年前から弥山〜八経ケ岳〜明星ケ岳の稜線部に広がっていたオオヤマレンゲの大群落は、立ち枯が進み壊滅的状況です。ブナ、モミ類にも立ち枯れが見られます。

奈良県連盟でも、97年の山行でトウヒ、シラビソ等の集中的で深刻な立ち枯れ状況を目撃したことをきっかけにして、自然保護委員会が中心になって大峰山系の立ち枯れ調査を行ってきました。第1回は、98年6月6日〜7日に、弥山のクリーンハイクと弥山・八経ケ岳周辺の立ち枯れ状況調査を併行して実施しました。参加人数は28人でした。

第2回は、99年5月22日〜23日に、行者還トンネルの登山口から稜線〜弥山〜八経ケ岳〜明星ケ岳の間で「指標木」15本を決め、その胸高直径、樹勢観察、写真撮影を行い、シラビソ、トウヒの集中した立ち枯れ、オオヤマレンゲの立ち枯れ状況についても確認し、調査範囲の土壌PH測定を5人で行いました。

第3回は、2000年7月8日〜9日に、第2回と同じルートで、前回決めた「指標木」の継続調査とその他前回同様の調査を14人で行いました。第4回は、01年7月14日〜15日に、弥山までは前回、前々回と同じルートを同様に調査し、そのほか、弥山を西方に約40分下った標高1600メートルの狼平キャンプ地から弥山川を遡行し、途中の大規模な山地崩落等を確認し八経ケ岳まで登りました。参加人数は14人でした。第5回は、02年10月26日〜27日に、県連盟と奈良勤労者山岳会の合同で、大峰山系南部の七面山〜仏生ケ岳〜孔雀岳〜釈迦ケ岳の立ち枯れ状況確認、写真撮影、土壌と樹氷のPH測定等を行いました。参加者は17人(うち大阪府連盟から2人) でした。

シカの食餌による害と酸性雨

稜線部のブナは立ち枯れが進行しているうえ、ブナの幼低木が見られない状況から、稜線部のブナは世代交代ができずに消滅するだろうと考えられています。モミ類では、シカに樹皮の全周囲を食われたため立ち枯れているものが見られます。オオイタヤメイゲツは、幼低木から高木まで健全な状態で林をなしていました。

弥山〜八経ケ岳〜明星ケ岳にかけてのシラビソ、トウヒは、集中的に全滅している区域が広範囲に散見されます。シカによる樹皮の食餌で立ち枯れたと見られるものも多いのですが、樹皮に食餌が見られないのに立ち枯れてしまったものも多く見られます。

弥山〜八経ケ岳〜明星ケ岳に大群落をなして生育していたオオヤマレンゲは全滅の状況です。これは、春先に雪の上に出た新芽や若葉を、シカが食べたためだといわれています。環境省や奈良県は、96年からオオヤマレンゲ生育地の一部をフェンスで囲むようにしていますが、フェンスの内側では植生が徐々に回復しています。

仏生ケ岳〜孔雀岳の稜線部のトウヒ林では、高木の立ち枯れや幼低木のシカの食餌による立ち枯れが見られ、また、集中した立ち枯れも見られます。

このような立ち枯れは、稜線部とその周辺に見られます。稜線部や、その周辺にある天然林の外側にあたる植林地では、手入れ不足の暗い植林地が多く、ササ類等の下植生や果実をつける広葉樹が育たないため、シカなど野生動物の餌場になりえません。野生動物は、エサになる植生がある天然林地帯に追いやられていることが考えられます。立ち枯れの要因には、野生動物の食餌だけでなく、山全体の植生、酸性霧等の影響や、気候変動、土壌、大気汚染の影響なども考慮する必要があると思います。

ハンディPH計で土壌測定すると、調査範囲の結果はPH3.7〜5.3でした。また、釈迦ケ岳頂上の樹氷のPHは4.2であり、酸性霧が発生していると考えられます。

いずれにせよ放って置けない状況にあると考えています。行政による科学的な総合調査、市民参加による対策検討の場が必要でしょう。県連盟では今後も立ち枯れ調査を継続する方針です。

三之公の原生的自然林を守る活動

奈良県連は、90年、大台ケ原北部の吉野川源流部に位置する三之公の原生的自然林が広範囲に皆伐されている状況の調査を行いました。

伐採地は氷河期を生き延びた針葉樹のトガサワラを含む貴重な原生的森林地帯です。下流にある県営水道、農業用水の水源ダムに土砂が堆積する恐れがあることから、伐採地地主の代表者に立木販売の中止を求め、伐採会社にも署名簿を持参して伐採中止を求めました。さらに奈良県や地元の川上村に伐採中止を要請する行動も起こしました。

以後、毎年伐採状況や伐採地に隣接する天然林の調査を続け、「危機に瀕するトガサワラと水源地」と題した調査報告書、「奈良県 山の自然破壊地図」を発行し、会員や市民に三之公の原生的自然の危機を訴えてきました。現在、約320ヘクタール余り(2万5000分の1地形図上で伐採地の面積を求めた数値)が皆伐されたところで、20年計画の伐採はほぼ終了しています。

地元川上村は99年より、水源地の森を守る目的で伐採地に隣接した天然林約800ヘクタールを買い上げ、生態系調査を行い、森林学習の場として活用する計画を進めています。その計画は休憩所、遊歩道、管理棟の建設も含んでおり、県連盟は、情報収集と監視を継続する方針です。

奥駆道を破壊した林道建設

大峰山系には、奈良県吉野山から和歌山県熊野まで、峰伝いに古くから修験道の道として使われてきた大峰奥駆道があります。この奥駆道のうち、吉野山から天川村の五番関という奥駆道の要所近くまでの間で、奥駆道に隣接または重複する形で延長約13キロメートルの広域基幹林道吉野大峰線の建設が89年に開始されました。県連盟で道路予定地を調査した結果、この林道は、伝統的な修験道の修業の場を破壊すること、登山道としての魅力が失われること、自然および歴史的文化遺産の破壊になることが明らかになりました。そのため90年、労山に加盟する全国74山岳会と連名で、奈良県に林道工事即時中止を申し入れました。同林道工事は99年に完成しましたが、修験道・登山道の寸断に留まらず、山腹崩落など、予測された自然環境悪化の状況が見られます。

03年に、大峰奥駆道の全域が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産への登録推薦が決まりました。世界遺産として自然環境をどのように保全していくのか、立ち枯れ問題、登山道整備のあり方も含めて大峰山系全体の保全対策が問われています

送電線敷設計画撤回とマイカー規制の要望書

大台ケ原集団施設地区の諸施設では自家発電機を稼動させていましたが、奈良県は自家発電機に代え高圧送電線敷設を計画し環境庁の許可を求めていました。国立公園特別地域および特別保護地区で、工作物の建設が禁止されていること、電力引き込みは大台ケ原リゾート開発につながることなどから、県連盟は近畿2府4県の労山と連名で90年、奈良県および環境庁に計画の白紙撤回を求める要望書を提出しました。しかし同年、環境庁はゴーサインを出し、工事は行われ93年4月から送電が開始されました。

また、県連盟は大台ケ原の過剰利用問題について、「大台ケ原ドライブウェイのマイカー規制と駐車場周辺の建築物の移転を求める要望書」を、02年11月環境大臣と奈良県知事に提出しています。

自然保護セミナーの開催

クリーンハイクは、75年から実施し、02年で34回目になりました。クリーンハイクの一環事業として、空缶のメーカー分類、谷水などの水質調査、自然保護セミナー、山のトイレ調査などを行ってきました。

自然保護セミナーは91年から毎年開催しています。これまで「山岳地域の自然保護と開発」「奥吉野の自然」「ダムによる治水の可能性と限界性」「里山・雑木林の魅力」「吉野の山のなりたち」「紀伊半島の動物」「水源林保全と酸性雨」「地球環境問題と森林の役割」「日本のゴミ問題を考える」「昆虫を通じて温暖化現象を考える」「台高山脈の自然と大型猛禽類」「大台ケ原の危機を考えるシンポジウム」のテーマで専門家を講師に招き、会員および市民に奈良県の自然や環境問題への関心を啓発してきました。

これからの課題と展望

誌面の都合でその他の活動は紹介できないのですが、奈良県連盟は近年このような自然保護の活動を行ってきました。その成果として、三之公原生的自然林の公費による買い上げや、国有林伐採計画の見直しにつながったと考えています。さらに毎年開催する自然保護セミナーでの学習などで会員の意識も深まり、伐採調査や立ち枯れ調査等の地道な活動を継続して進めるうえでの下地が作られてきています。

しかし一方で、県連盟の自然保護委員会の構成が8会中3会の参加に留まり、しかも活動の主体が10数年も継続している少数の委員でした。各会から複数の委員が参加し、県連盟全体の自然保護の意識を広げていく体制を作るうえでの弱点もありました。

最後に、奈良県連盟の自然保護活動におけるこれからの課題をまとめてみます。(1)各会から複数の委員を出して自然保護委員会を充実する。(2)地元の山岳自然の状況について会員の共通認識にしてゆく。そのために、機関誌で広く問題を提起し、現地を見る山行を企画する。また、動植物や気象等の専門家に教えを乞いながら、必要な科学的調査を継続する。(3)クリーンハイク、公開山行、自然保護セミナー等で、市民に山岳自然の現状を伝える。また、マスコミにも行事、調査結果等の記事を掲載してもらう。(4)クリーンハイク等で行政や地域との接触の機会を活用するなど、行政および関係者との情報交換に心掛け、日ごろからパイプ作りをしておく。また、交渉事はつとめて友好的に行う。

これらのことを行っていく中で、県連盟の自然保護委員会の体制とその運動を充実させるとともに、労山の自然保護活動が市民権を得られるものにしていきたいと思います。

参考/エコネット奈良 (奈良ハイキングクラブ・前圭一氏のホームページ)
http://www1.kcn.ne.jp/~kmae/

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