4月12日、東京・四ツ谷で、山岳団体自然環境連絡会(代表幹事・河西瑛一郎氏/日本山岳会)が国際山岳自然環境集会(環境省後援)を開いた。同連絡会は、昨年の国際山岳年での共同の取り組みを維持発展させようと、山岳関係の7団体(日本勤労者山岳連盟、日本山岳協会、日本山岳会、日本ヒマラヤ協会、日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト、東京都山岳連盟、日本トイレ協会)の自然保護関係者らで組織され、この集会が最初の取り組みになった。
集会には、国際山岳連盟(UIAA)山岳保護委員会副委員長のユルク・マイヤー氏をはじめ、韓国からは、国立公園管理公団資源保全局長の權炳和氏、韓国山岳会副会長の崔宣雄氏、台湾からも陽明山国立公園公式ガイドの張玉龍氏(中華山岳協会副秘書長)ほか3人が参加した。UIAAのマイヤー氏は、スイス山岳会自然保護委員長も務めており、地質学研究者でスイスの山岳ガイド資格をもつクライマーだ。
集会は、午前中の専門家円卓会議と、午後の公開シンポジウムという2部構成で行われた。第1部は、海外からの参加者と7団体の自然保護組織の関係者が出席し、大蔵喜福氏(日本山岳会)の「日本の山の特徴と自然保護活動」と題する報告、韓国・台湾の山岳環境と両国の国立公園管理の現状、UIAA山岳保護委員会(Mountain Protect Commission)の活動などが報告されたあと、「アジアにおけるこれからの自然環境活動」をテーマに討論が行われた。
午後の公開シンポジウムは「山岳団体は自然保護にどう取り組むか」がテーマで、各団体関係者など約150人が参加した。西本武志・全国連盟理事長の開会挨拶、田部井淳子氏のゲストスピーチのあと、マイヤー氏が、スイス山岳会をはじめヨーロッパ・アルプス周辺各国(Club Arc Alpineという組織が作られている)での自然保護の課題と活動を報告したあと、東アジアでの山岳団体の自然環境活動への取り組み方をめぐって、参加したすべての団体が発言し、パネルディスカッション、フロア発言など、多彩な内容で熱心に論議が進められた。
第1部、第2部を通じて、韓国と台湾の国立公園管理制度と環境保護についての現場報告は、日本の関係者には新鮮な内容で、実際の措置では両国に違いはあっても、いずれも行政の関与が本格的に取り組まれており、日本の国立公園の現状からはかなり進んだ施策との印象を受けた。この点は、マイヤー氏も「台湾および韓国の代表団による山岳保護活動の報告は強力な印象を与えたが、とくに台湾の活動に、われわれは多くのことを学んだ」と述べていた。
国際山岳年とUIAA アルプス周辺での自然保護活動
以下に遠来のマイヤー氏の報告概要を紹介する。全国連盟は秋の自然保護集会に向けて「自然保護憲章」の討議を呼びかけているが、大いに参考になろう。報告中に触れられている「文書」は、本誌でも今後可能な限り紹介する予定だ。
UIAA山岳保護委員会の活動
UIAAには、現在約90の山岳団体が加盟しており、その山岳保護委員会(MPC)は、1932年のUIAA創設と同時に活動が開始されており、現在の委員会メンバーは11カ国の代表で構成され、定期的な委員会の開催、メールでの情報交換、電話会議など、情報交換とネットワークづくりを中心に活動している。しかし、多くのUIAA加盟団体で、山岳保護について連絡できる担当者がいないことが問題になっている。アジアではパキスタンとインドがメンバーだが、委員会がヨーロッパを中心に開催されることもあって、残念ながらこれまで6年間、委員会には参集していない。このほかに"通信メンバー"があり、アジアでは韓国が指名されている。
また、『UIAA 環境問題の目標とガイドライン』という手引書を発行している(97年10月、英・仏・スペイン・独の4カ国語)。環境保護に関する綱領的な文書は、これまでも発表してきているが、最も著名な文書は82年10月の『カトマンズ宣言』がある。最近では、2002年9月の『山岳スポーツにおける最良の実践についてのチロル宣言』がある。
国境を越えたプロジェクト
UIAAの新しい活動として、国境を越えて山岳地帯を守ろうという活動がある。現在とくにターゲットにしているのが次の3地域である。(1)イタリア、フランス、スイスにまたがるモンブラン (2)ボスニア・マケドニアの山域 (3)インド・パキスタン・中国にまたがる地域。
国際山岳年の活動はどうだったか
各国・各団体で、非常に多彩に積極的に取り組まれたことは画期的だった。しかし、「2002年に何が取り組まれたか」ということが重要なのではなく、今後の活動に向けての方向性がどう打ち出されたか、今後どのような活動がなされるのかということが、まさに重要なのである。この意味で、国際山岳年の成功は、今後の10〜20年の中で評価される。
国際山岳年の活動としては、大きくは次の4項目にまとめられるだろう。(1)実際状況を認知する活動 (2)広報活動 (3)情報交換活動 (4)プロジェクト活動。
ヨーロッパでの活動
ヨーロッパアルプスに接する7カ国(スイス、オーストリア、フランス、ドイツ、イタリア、モナコ、スロヴェニア)で活動する8団体で、98年にCAA(前出)を結成しており、この構成団体の会員数は約100万人に達する。
The Alpine Conventionを開催し、次の課題で論議をしている。(1)各国団体自身の環境保護活動の前進 (2)自然の中でのスポーツと環境保全 (3)自然と環境保護についての教育活動 (4)山岳環境保護活動。
スイス山岳会などの活動
スイス山岳会(SAC)の創立は1863年で140周年を迎えている。会員は10万人、110の支部があり、156の山小屋を所有し、資産は1億5千万スイスフラン(135億円)。年間予算は1250万スイスフラン(約11億2000万円)で、自然保護活動に30万スイスフラン(2700万円)を支出している(全支出の2%、会費の8%に相当)。
SACは、山岳環境について法的にも強い立場にある。2年前までは、スイスの山岳ガイド(国家資格)の研修には、環境問題は入っていなかったが、今では1週間の環境問題のカリキュラムが組まれるようになった。
最近の大きな前進として、SACは、山岳地帯に入るのに自家用車を使わず、公共交通機関の利用を訴えているが、現在ではその割合は20%に達してきている。
また、ドイツ山岳会(DAV)、オーストリア山岳会(OeAV)所有の山小屋の環境問題へのアプローチは先進的な水準で、それらの山小屋には「エコラベル」の標章が掲げられ、登山者から支持されている。
そして、山岳自然を守ろうとするわれわれの活動にとって必要な視点を、次のようにまとめた。
(1) |
山岳団体の活動は、個々の純粋なスポーツ種目組織よりも規模が大きくなくてはならいこと。 |
(2) |
その活動分野と課題は広範囲にわたり、山岳団体自身の活動が生態系に沿っているかどうかが重要だ。 |
(3) |
自然を利用しかつ同時に保護しようとする山岳団体としては、"持続可能な発展"の手法を、地に足のついた活動として取り組むことが可能である。 |
(4) |
われわれは自然と環境の利益のために取り組まねばならないが、しかし同時に、われわれの活動---登山およびクライミングは極めて魅力的で素晴らしく、社会的にも価値ある活動---の全般的受け入れと自由のためにも努力すべきである。 |
日本の登山者・クライマーへ
マイヤー氏は、以上のように報告して、国際山岳自然環境集会に参加したが、集会後、今回のシンポジウムでの討議を通じて引き出された合意について、次のように感想を語っている。羅列になるが、それも紹介しよう。
(1) |
山岳団体は、単なるスポーツクラブとは異なり、はるかに大きな使命をもつもので、山岳保護と環境問題への強力な関与は根源的なものである。登山者は、自分たちの山の自然と環境についての責任を認識し、そのために行動しなければならない。 |
(2) |
山岳保護の課題は、いまや国際的な問題である。国境を越えての協調の努力が必要とされている。アジア山岳連盟(UAAA)とアジアの山岳諸団体は、UIAAと一層緊密に協力すべきである。日本においては、全国的レベルでの一層良好な協力共同関係が必要である。 |
(3) |
日本と東アジアで、共通した主要な関心事と課題があった。それは、過剰利用地帯と国立公園でのオーバーユースの影響(植物へのダメージ、野生動物への障害、し尿による水汚染、ゴミなど)であり、国立公園の自由な利用に関わる問題(規制、入山料など)であり、そして環境問題についての啓発活動である。 |
日本、韓国および台湾の山岳保護などについての個人的な印象
(1) |
日本、台湾および韓国の山岳諸団体は、山岳保護の重要性が強く認識されており、それぞれの団体の重要な委員会や委員会責任者によって活動が進められている。 |
(2) |
非常に意欲的な自発的作業のもとで多くのことが企画され実行されていることは、非常に印象的であった。 |
(3) |
諸団体の一般活動や山岳保護活動の財政問題は、ヨーロッパにおけるよりも、よりたいへんであるらしいことを強く感じた。多額の個人的マネーが支出されている。 |
(4) |
地球的規模の警鐘には強い関心が寄せられているが、個人的なライフスタイルは、激烈なほどのエネルギー消費型になっている。山に向かうのに、車の利用が当たり前になっている。この矛盾について熱心には論議されていないらしい。 |
(5) |
山岳保護については、日本は台湾と韓国に比べ、かなり遅れをとっているように見えた。 |
(6) |
今回の訪日で非常に重要な収穫は、個人的な関係を数多く作り上げることができたことである。このことは、UIAA・MPCの討議や集約が、真に世界的規模の作業に向かう最初のステップの一つになった。 |
(7) |
非常に情熱的で意識的な人々との作業では、多くの発展可能性があるが、主要な問題の第一は言語にある。国際的な委員会活動では、共通言語として集約され使用されている英語を、アジアの友人たちで、充分に話し理解できる人はそう多くない。第二の問題は、通常は各委員会はヨーロッパで開催されるので、旅行距離が長くなることからの財政的負担のことである。東アジアでの団体は、多くが小中規模であり、一団体にしてみると金銭的な負担の壁が、通常は非常に高いものになっている。したがって、諸団体が派遣する共通代表を指名し、費用を分担する必要があるのではないか。 |
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