森吉山(秋田)・小又峡廊下
美しき緑の回廊に棲む幻の主
鮎川正 (石川・遊谷倶楽部沢童子)
一昨年の夏に屋久島への南国トロピカルツアーを企画して以来、次は東北みちのく「沢の旅」を、と思い続けてきた。旅をしながら各地の沢を巡るという優雅なスタイルを、沢童子(さゎわらし)の根幹に置きたいのだが、なかなか世間の風当たりは厳しい。結局、メンバーが減り、おまけに休みも長く取れず、秋田、青森周遊にとどまる。それでも「幻の大岩魚みちのくツアー」の断固たる意思は揺るがず、7月下旬、念願の本州北端へ金沢を後にする。


起きればそこは秋田。フェリーを降り、森吉山へと車を飛ばす。今回の目玉は、森吉山の小又峡廊下。植野稔氏の著書にあるカラー写真を見て、そそられたのだった。約2キロにわたるこの廊下を通過したのは、どうも知る限り青島靖氏(沢童子会員)、成瀬陽一氏の海外遡行同人パーティだけらしい。

昼頃、ノロ川林道に到着。帰りを考えると車を林道の奥に入れたいが、時間もなく、適当な空き地に車を置いて、身支度を済ませて適当な支沢を詰める。お金があれば、遊覧船で太平湖から小又峡へ入るのが正しい入渓なのだろうが、遠来の貧乏山屋にはこの青島さんたちと同様のルートしか考えられない。しかし、この尾根越えのアプローチは下りの谷が恐ろしく腐ってることもあり、とてもじゃないが二度はごめんだな、と敗退できない気持ちが高まるのであった。

ようやく太平湖の遊歩道に辿り着き、観光客に混じって三階棚滝をめざす。途中の穴滝といい、1メートル幅の瀞といい、3段の美瀑の三階棚滝といい、立派な造りに観光としても楽しめる。三階棚滝で写真を撮っている間に観光客は姿を消したので、いそいそと入渓する。もういい時間だ。

先ず三階棚滝を左岸から高巻くと、以後、泳ぎ連発で小又峡廊下を堪能する。岩床は見事に発達しているものの、壁が立っている威圧感はなく、空が開けた明るいゴルジュが続く。6メートル滝は、泳いで左壁のフェースにロープを延ばし、続く4メートル滝は右岸のバンド状から落ち口へ。間もなく六階滝に到着。時間は押していたが、青島さんたちのビバーク地の岩床は完全に水の下なので、この日のうちに六階滝を巻いてしまうことにする。

薄暮の中、絶妙の勘を利かせて降り立ったところが、今から思えば、小又峡廊下の中で唯一に近い絶妙なビバークポイントだったように思う。このビバーク地のすぐ下に、滝の水流の入口と出口が違う、奇観「穴滝」もあり、ロケーション的にも申し分ない。ただし、暗くて竿を出せないのが残念。空しく我竿をプルプル振れば釜に何かが動いたような・・・。

翌早朝、竿を振りながら進むと、確かに手ごたえあり。まさか、といった油断が仇になり、針ごと持っていかれる。あまり粘っても三宅さんに申し訳ないので、すぐに疎チンを仕舞うが、植野稔氏がいないと断言した幻の主は確かに存在していたのだ!

化滝を右岸よりロープを出して越えると、苔むした緑の回廊の泳ぎが続く。この辺りの景観は筆致に尽くし難い。それにあわせるかのように、核心と思しき4メートルのトイ状滝の登場。青島さんらは倒木利用らしいが、なるほど泳いでいる下に倒木が沈んでいる。流れてしまったらしい。やむなく左岸側壁に活路を求めるが、ハーケンが効かず、さらにここの下の釜は何故か浅く、際どい登りを強いられる。最後は、ハンマーの投げ縄でブッシュを掴んで突破。後にも先にもここが一番厳しい。

さらに飛び込み、へつり、跳躍、泳いでヒールフックなど、多彩な技を楽しむうちに、右から大きなナメ滝の大支流を迎えて、小又峡廊下の核心部は抜けていた。ややあっけない感もあるが、時間に余裕があるので、以後、竿を出しながら進む。しかし、幻想的な廊下の中だけにしか幻の乙女はいないのだろう。わが竿は、青春時代を彷彿するかのように空しく宙を舞うのみであった。

右岸に沼ノ沢を分けると、まもなく5メートル滝。ここを右岸より巻いて越えると、なんとそこに道があり、上流は完全な平川。小又峡廊下が完全に終わったようだ。天候が下り坂なので谷に泊まらず、小道から林道に出て車に戻ることにする。すると、車には警察署の張り紙が。どうやら不審車に思われたらしい。やれやれ・・・。

森吉町に向う途中の温泉で汗を流し、警察への誤解を解き、飯屋がないのでコンビニで空しく腹を膨らませて、公民館の軒下で寝る。夜半より雨。

翌日は、天気も悪いのでノロ川周遊を断念。弘前で念願のねぷた祭りを2人で観賞し、大いに興奮。なるほどこれはすごい山車だ。大きな和太鼓のリズムもいい。一山行にプラス祭りというのが、夏の沢遊びの定番になりそうだ。ねぷたの感動を胸に、彼は夜行電車の人になり、こちらは白神へと移動する。「幻の大岩魚みちのくツアー」は、これから佳境に向かうのであった。

2002年7月30日〜31日
メンバー / 鮎川正、三宅雄一
タイム / (30日、晴)ノロ川林道東又沢横断地点12時前〜小又峡入渓14時半〜六階滝上流幕営19時過ぎ(31日、晴れ)幕営地発6時〜小又峡廊下出口5メートル滝上16時半〜車止め18時半 地形図 / サンケ森 太平湖 森吉山

戻る