喧騒と静けさを併せ持つ脊梁山脈
玄人好みの蔵王連峰〜二口山塊
伊藤岩信 (宮城・朋友会)
みちのくを ふた分けざまに聳えたもう 蔵王の山の雲の中に立つ

地図と、齋藤茂吉が詠んだ通り、山形、宮城の県界に位置するのが蔵王連峰である。熊野岳(1841メートル)・刈田岳(1758メートル)を中央に配し、南北に連なるが、標高は2000メートルに満たない山々である。ちなみに蔵王と名のつく山はない。

刈田岳は、頂上直下まで観光道路が延びていて、車で行けてしまう。刈田峠・笹谷峠にも道路が通じ、各々の峰々が東西からの便利なアプローチを利用して日帰りで歩ける。そのためか、この連峰を縦走路と捉えている人は少ない。熊野岳から刈田峠あたりを境に、北蔵王縦走・南蔵王縦走と呼ばれることもあるが、それぞれ日帰りのコースだ。

この蔵王連峰と、その北に連なる二口山塊を継続して縦走することが、朋友会の会員によって行なわれている。蔵王連峰と二口山塊の境界は明確でないが、笹谷峠とするのが一般的のようだ。

地元でも、縦走するなら有名な朝日連峰・飯豊連峰の方が人気がある。しかし、これらは主稜線に上がるまでは厳しいが、その後は小屋毎に水場も整備され、快適な稜線歩きができる。一方、蔵王連峰から二口山塊のすべての小屋は、無人の避難小屋だ。稜線上に水場はなく、また限られた水場の多くは、ルートを外れて往復せねばならない。標高こそ低いが、頂の数とその起伏は東北屈指だろう。このマイナーなツウっぽさが、私の"玄人好み"をくすぐるのだ。

この縦走を初めて行なったきっかけは、『創造的な山行』を標榜する当会のA氏に刺激を受けたからである。彼は、初登者と同じ条件で登ることを意識して、この縦走でも自ら情報を制約し、ガイドブックに頼らず地形図のみで計画。人工施設は一切使わないという禁欲的な、フォーカストビバーク(計画露営)縦走を行なっていた。

私は2001年夏、避難小屋利用の装備で実施した。が、盛夏にこの標高では、暑さが厳しかった。同年秋、日帰り装備並の軽量化を計って再び挑戦。1泊2日で、不忘山から南面白山まで到達した。翌2002年冬には、前会長のO氏と不忘山から二口峠まで辿った。その秋に、還暦の女性会員を含む4人パーティーで、不忘山〜面白山まで前夜発2泊3日(36時間行動)でトレースできた。

A氏のオリジナルルートは、南蔵王キャンプ場から天童高原キャンプ場と、縦走路を南端から北端まで歩くものだ。昭文社『山と高原地図7 蔵王』を広げれば、その長さがわかる。水場も、この地図やガイドブックを参考にするといだろう。小屋の中に、水場情報が書かれているところもある。宿泊地や水場やエスケープルートなどを試行錯誤するのも、この縦走の面白さであろう。

南北のどちらから入山してもよいのだが、南から北に抜けると下山がJR仙山線の面白山高原駅なので、帰りが楽だ。紹介する避難小屋利用の3泊4日のコースは、ツエルトを2張持参して実施した、還暦の女性会員らとの山行をベースにしたものである。

<南蔵王キャンプ場〜不忘山〜熊野岳〜山形神室〜南面白山〜面白山〜天童高原キャンプ場>

【1日目/南蔵王キャンプ場〜不忘山〜屏風岳〜杉ケ峰〜刈田峠避難小屋/行動時間6時間】
1泊分の水を持って出発。樹林帯を抜けると展望が開ける。不忘山から屏風岳の稜線が美しい。不忘山頂からガレた細い尾根を下るが、強風に注意。屏風岳から、段差のある岩混じりでぬかるんだ歩きにくい路を下ると、芝草平という花が美しい湿原に出る。ここは、宮城県連盟から行政への働きかけで、湿原保護の標識や木道整備が進んでいるところだ。
好展望の稜線歩きは杉ケ峰まで続き、初日は刈田峠避難小屋まで。もう少し進みたいが、刈田岳と熊野岳の避難小屋は快適とはいえないし、県営レストハウス付近にも避難施設があるが、濃霧や積雪期の緊急用で縦走の中継に使うべきではないだろう。

【2日目/刈田峠〜刈田岳〜熊野岳〜名号峰〜雁戸山〜山工高小屋/9時間20分】
観光開発で傷付いた刈田岳の直登路は、車を横目に観光道路を数回涼しい顔をして横断したい。刈田岳からは、エメラルドグリーンの御釜が望める。遡行のついでに御釜で泳いだ会員がいたが、酸性で目にしみるそうだ。コマクサも咲いている荒涼とした熊野岳には、冒頭で紹介した齋藤茂吉の歌碑がある。
刈田峠から熊野岳の間は観光客で賑わい騒々しいが、ここから北東に下る者は少なく静けさに心が落ち着く。自然園という自然が造り出した日本庭園のようなところを過ぎたら、水の確保のために八方沢支流を意識しておこう。名号峰で眺望を楽しみ、樹林帯の細かな登降に入る。
鞍部の八方平から雁戸山へ上る時、振り返ると茶色の熊野岳からの稜線が見渡せて、歩いて来た道程をしみじみと実感するだろう。柔らかく優しかった山容も、ここからは起伏の連続となる。双耳峰の雁戸山を越えて、笹谷峠へは東西2本の路がある。カケスガ峰を通る東の方が、展望が開けている。笹谷峠工業高校小屋に泊まる。

【3日目/笹谷峠〜山形神室〜二口峠〜糸岳〜小東峠〜樋の沢避難小屋/9時間】
笹谷峠は、登山者が多く賑やかである。眺めのよい尾根を上り山形神室へ向かう。この先7つの小ピークを登降しつつ二口峠に下る。この区間を歩く者は少なくて、静かな山を楽しめる。短いが直線的な急登を経て糸岳に至る。小東峠から東に水場のある樋の沢避難小屋へ下る。途中ハダカゾウキ沢に進入しないよう、登山道の踏み跡に注意する。この日は、二口山塊の奥深さと、水の貴重さを痛感する充実した1日になるであろう。

【4日目/樋の沢避難小屋〜小東岳〜南面白山〜面白山〜天童高原キャンプ場〜面白山高原駅/11時間40分】
昨日の路を縦走路まで戻り、小東岳を往復して南面白山に向かう。小東岳より高い無名ピークを越えると、南面白山に着く。このあたりは、風にそよぐ笹の群生と点在する岩の対比が不思議なところだ。それから急坂を下り、平坦な広いブナ林に入る。秋は、紅葉が見事である。小さな登降を繰返した後、面白山へ高度を上げていく。振り返ると遠くに山形神室、雁戸山、そして熊野岳が見える。面白山頂で存分に眺望と感動を味わおう。三沢山を越え天童高原キャンプ場を経て面白山高原駅まで、気を抜かず事故のないように下山して、縦走は終わる。

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