早池峰の山頂トイレでの屎尿処理方法(山頂周辺に次々と埋めていくのだが、もちろん隔壁などを作るわけはなく、地下浸透式だ)に疑問を感じ、「そこに落ちているゴミが誰のものか、誰が処理するべきかを議論するよりも、気づいた者が処理すればいいじゃないか」と、13人ではじめた、登山行為で生じた「屎尿」というゴミの山頂からの担ぎ下ろしも、12年目を迎えた。
馴れというのは怖いものである。当初は、作業中の臭いや、ハネ返りから身を守るための防臭マスクやカッパ、ゴム手袋などの完全装備も、いまではノーマスクと素手に変わり、臭いも気にならなければ、少しくらいのハネ返りも、つい手袋をせずに作業をはじめてしまったら、それはそれでも気にならなくなった。気になるのは、このトイレの行く末である。
山のトイレを巡っては、その当事者がわれわれ登山者自身であるにも関わらず、問題の解決を行政やトイレの管理者に押しつけて改善を図ろうとしている。まさに、見て見ぬふり、知らぬふり、挙げ句の果てが「有料でもいいから、もっときれいなトイレをつくってほしい」と願っている。登山の基本が自己責任であることを忘れた登山者が多すぎること、さらには、問題を押しつけられているにも関わらず、それらの要望を簡単に聞き入れようとする行政の姿勢---そうしたことの方がそもそも問題であると感じている。
本来、登山というものは、「自然を求めて山に登る」「山を楽しむ」行為であるはずだが、その登り方や楽しみ方に、自然の中では不自然そのものの「利便性」が持ち出され、いつしかそれが「自然」になってしまった。
北アルプスのある山では「生ビール」を、そして夕餉には「フルコース」を楽しみに山に登ると聞いた時には、岩手にはそのような山がないので、うらやましさを、いや、本当になくて幸いであると感じたのである。しかし、安心してはいられない。自然と不自然が取り違えられる傾向の中で、早池峰を訪れる登山者もまた、「山頂には自動販売機はあるのか」「早く登れるコースはどこか」「どこまで車が入れるのか」などなど、思わず「あなた方は、いったいどこに来たのか」と問い質したくなるほど、一般的自然観光地の延長に早池峰登山を考えている登山者が多いことに驚かされ、ときとして危機感さえ感じるのである。
このような風潮の中、(1)決して自分のではない「他人の屎尿」の担ぎ下ろしとともに、(2)山頂トイレの使用自粛の呼びかけ、(3)携帯トイレ(以下、エコパック)を使おうという呼びかけを、3年前まではボランティアだけでおこなっていた。
はじめは「エコパックでテイクアウトなんてとんでもない」「そんなの夢だ、理想だ、現実的ではない」と笑われもしたが、担ぎながらの呼びかけが認められ、2001年から岩手県とも協力しあってエコパックの使用奨励に取り組んでいる。その結果「自然環境に与える負荷を最小限にとどめられるトイレの方法は、エコパックでのテイクアウトだ」という理解の輪が、早池峰から全国に広がりを見せはじめたのである。
このことに気をよくして、いまでは、これまで以上のフン起を促すために、そしてウンカー(担ぎ下ろしをする人)募集のためにと、わが「早池峰にゴミは似合わない実行委員会」事務局長の内匠利光氏は、自身のTシャツに「HUTJ」と書きつづった。決してあのHAT-Jではない。その意味は、Hayachin Unker Tanoshi Jee(ジエイー=方言)である。
また、今シーズンは、既存のエコパックに加えて、男性用エコボトル(500cc、400円)を商品化させ、普及に取り組んでいる。
このエコボトルは、中高年の方々が比較的トイレの回数が多いにも関わらずエコパックを使用せず、その辺でのポイションが多いことへの対応策のひとつだ。開発までには、「確かにエコパックは男性向きではないのかもしれない」「しかし、多くの女性が使用しているのに、男性はその辺で…。それはオカシイ」…という声が出て、それならと、以前から我々が使用していたプラスティックボトルの大きさを統一し、早池峰のイメージ的小動物でもあるオコジョのラベル(小便オコジョ)を貼って、多くの男性登山者に呼びかけたのである。すると「しっかり受け止めてくれる」「移動中も漏れない」「目盛りがついていて量が把握できる」「未使用ボトルは水筒にもなる」と、大好評で受け入れらている。
こうしたウンカー募集(HUTJ)やエコパックとエコボトルの呼びかけ(早池峰 Myボトラーズ)は、早池峰だけの運動にしておくのはもったいないと、お山開きの6月8日から8月3日までの毎週土、日に展開した「早池峰クリーングリーンキャンペーン」でも、MTTdocodemo( Mountain Toitet Takeout どこの山でも)運動として、県内外から訪れた多くの登山者にも呼びかけた。もちろん、キャンペーン期間の後も続けている。
以前「あなた方は意識が高いからそのようなことができるのだ」と言われたことがあったが、私たちは決して「自然保護運動」の旗を掲げているわけではない。ただ、登山者として、限りある自然を楽しむ場合、その山の自然環境に与える負荷を少しでも軽減できるような登山のあり方と、トイレの方法について、いつも気にかけていこう、そしてそのことを一人でも多くの登山者に伝え、理解の輪を広げていこう(決して強制ではない)。そう思ってきた。
岩手の、わずか1917メートルしかない山、早池峰がなぜ担ぎ下ろしなのか、エコパック・エコボトルなのか---それは、この山に関わり合ってきた人たちはもちろんのこと、多くの早池峰ファンが、それらの作業や呼びかけを見て、この山の価値を知りはじめてきたからだと思う。山頂トイレについて、自然を改変してまでも先進的と称するトイレを設置するより、自分のものは自分でテイクアウトすることが望ましいと考えるようになったのだ。
携帯トイレだけでは、山のトイレ問題のすべてが解決するとは思えない。なぜならば、いまのような登山者マナーの悪さでは、とうてい完全なテイクアウトなどはできないと思うからである。しかし、その山の価値を知り、残された山岳自然を未来の子どもたちにまで送り届けたいという意識と、さらには行政と民間との揺るぎない繋がり(パートナーシップ)があれば、ノーインパクトな(ローインパクトではない)携帯トイレの山をめざすことができると考えている。たとえ全国の名だたる山々に環境配慮型トイレの波が押し寄せても、エコパック、エコボトルの山をめざそうという防波堤で、早池峰だけは守りたい。
[写真キャプション]
上 : 山頂小屋での汲み取り作業。最後は、便槽の中に入り込んで "きれい" にする。 |
下 : これから麓まで担ぎ下ろすのだ。 |
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