栃木県連盟の宇都宮勤労者山の会が、2002年から昨年にかけて、金精峠から日光白根山に至る登山道と、金精峠から根名草山、奥鬼怒温泉への途上にある念仏平避難小屋を修理・修復した。かなり大量に費やされた資材などは、すべて自前だ。
登山道については、雪崩で押し流された登山道の付け替えのほか、丸太造り階段の補修などの修復作業を同会でおこなった。登山者が急増している一方で、行政による登山道整備は後手になっているのが実状だが、日光市や今市林務事務所と仕事で関係をもつ会員の報告がきっかけで、「それでは」と会で一肌脱ぐことになったのだ。
修復したのは、いくつかある日光白根山に登るルートのうち金精トンネルから五色山を経る登山道で、一昨年の6月に、金精山の西側を回り込むところで迂回路を付け替えた。地元日光市は「自力でやっていただけるなら…」ということだったという。
登山道の付け替え作業には大量に資材が必要だったが、それらは造園業を営む会員が無償で提供してくれた。しかし、さらにたいへんなのが、この資材の荷揚げだった。短いものは数本まとめて背負子で運べても、1日に往復できる回数は限られる。長いものになると、1人では運べない。結局、あれこれやってみて、一番効率的だったのは「バケツリレー」方式だったという。荷揚げは付け替え作業前の5月におこなった。
登山道は、昨年も、春と秋に補修箇所の点検と再補修をおこなったが、宇都宮勤労者山の会の奮闘は、日光白根とは金精峠を挟んで反対側にある避難小屋にも及んだ。
この避難小屋は、金精峠から奥鬼怒に通じる登山道の、温泉ケ岳と根名草山の間にある念仏平避難小屋だ。こちらは、金精山の登山道付け替えを終えたあと、一昨年の8月から数度にわたって、隅柱、筋交、柱脚の補強、屋根裏庇の補修、屋根の板金葺をおこなって、この小屋を倒壊の危機から救い出すことができた。
この小屋は、もともと林業のための作業小屋だったものが開放されているもので築40数年だが、補修されないままで柱の根元や土台に腐食が進行していた。このコースは、1日での踏破が可能なので近在の登山者にはあまり利用されないが、遠来者や午後発パーティにはよく利用されているし、ハイキング地図にも掲載されている。栃木県の今市林務事務所が管理しているが、こちらも「やっていただけるなら…」ということだったという。
作業は、資材のリストアップ、経費の工面などの予備調査からはじまり、越冬を前にした緊急補修を含めて、昨年10月までに6回必要だった。工事には、建築に精通した会員や、板金業を営む友人が協力してくれたほか、栃木県連盟からも応援があり、板金業の友人は、資材も廉価で提供してくれた。
宇都宮勤労者山の会の高村文夫さんは「登山道の整備は一時的な応急処置に過ぎず、冬の雪崩や大量の利用に耐え得るものではなく、本来は行政側がおこなうべきであることは争う余地がない」と言っている。引き続いて同じような行動をするのではなく、これを契機に、問題点を明らかにして行政当局に働きかけを強め、双方が関わっていければよいのではということだ。また、避難小屋の補修についても、一時的な腐食の進行阻止、あるいは倒壊防止は避けられたが、完璧な修復ではないと言う。今後の小屋のあり方を検討するとともに、何ができるかを再度検討していかねばならないと、高村さんは語っている。
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