事故に強い会・クラブ

事故シミュレーションと緊急事対策訓練で「これならできる」


中村好夫(京都・西山ハイキングクラブ)
西山ハイキングクラブは、誕生して18年になり、会員も140人を超えています。平均年齢は約60歳で、入会する会員もこの年齢の人が多数です。会のモットーは「誰も置いていかない会運営」と「会活動にみんなが参加してもらう」ことです。

最近、当クラブでも高齢化に伴う体力の低下や、注意力が散漫になったり、必要な技術を習得せずに高度な山に参加するなど、原因は様々ですが「事故」が増加しています。

自分たちの山行に即して13の
対応シミュレーションを検討

運営委員会では、「事故」の増加に対し、「事故」を防止するための対策とともに、万一「事故」が発生した場合でも的確に対処できるようにと、「緊急事対策マニュアル検討委員会」と「教育システム検討委員会」を昨年から発足させ、検討を開始しました。

「教育システム検討委員会」は、これまでの「岩トレ(三点支持)」「読図」「救急講習」などを体系化するとともに、「山での歩き方」など、初心者にも必要な技術の習得を会の基本に置く教育システムをつくろうとしています。

「緊急事対策マニュアル検討委員会」は、緊急事態に遭遇したとき、パーティーのメンバーとクラブ組織がどのように対応すべきかを「マニュアル」化しようと発足しました。この「マニュアル」作りの討議の中で、緊急事態に対応するには、一部の会員が対応策を会得しているだけでは「絵に書いたモチ」であり、会員が幅広く議論し、実践しながら対応策を練ることが大切だと確認しました。そうすることで「マニュアル」が生きたものとなり、会員が緊急時の対応への意識を深めることになるからです。この立場から、まず、リーダー、サブ・リーダーの協力をえていくことにしました。

そこで、最近の山行から具体的な13の「想定事例」(表参照)を策定し、リーダー、サブ・リーダー経験者(27人)に各事例にどう対応するか「緊急事対応シミュレーション」を作成してもらって、それをもとにした全会員対象の討論会を6回にわたって行いました。

このシミュレーションに基づく討論を通して、会員の間にも実際の訓練が必要だとの認識が深まりました。実際の訓練の内容と教訓などを報告します。

西山ハイキングクラブの13の「想定事例」あなたならどうする?
(1) 4月の日曜日の近江富士。晴れて日差しが強い14時頃、冷や汗、不整脈、脚痙攣、ほてりがあって、しゃがんで動けなくなる。本人の申告は「歩いて下山するのは無理」。パーティーは10人。 らくらく/
超らくらく
(2) 6月下旬の六甲・摩耶山〜長峰山。快晴。14時頃、気温高く多湿で、汗だく、顔がほてり、気分が悪くなる。30分休んだが回復しない。15人。 らくらく/
超らくらく
(3) 5月の平日、天王山。晴れ。14時頃、捻挫して、フデリンドウ谷筋で動けなくなる。10人。 ビスターリ
(4) 2月中旬の皆子山。曇り。13時頃、頂上から下山するとき、足首を捻挫し、胸部を打撲する。片足が使えず、本人の自力下山は無理。8人。 一般・日帰り
(5) 8月上旬の京都一周トレ。晴れ。14時、一般参加の人が、かなり汗をかき、胸を押さえて苦痛の様子。14人。 一般・日帰り
(6) 7月下旬に3泊4日の後立山。2日目の14時頃、白馬岳と小蓮華山の間のガレ場で転倒。膝を強打して動けなくなる。晴れ。10人。 一般・小屋泊
(7) 4月の鈴鹿・霊山。曇り。15時頃、残雪でスリップして腰を強打。本人は痛がって動けず。15人。 一般・日帰り
(8) 6月下旬の日曜日。20時に、白倉山に向かった会員の家族から、帰宅せずの連絡がある。 一般・日帰り
(9) 9月下旬の比良山系ヤケオ山。雨。16時頃、下山途中で転倒、踵骨折の疑い(ひび)がある。冷や汗をかき動けず。8人。 健脚・縦走
(10) 3月下旬の八ケ岳ニュウ。晴れ。14時頃、スノーシューで下山中、転倒。足首を捻挫して自力歩行ができない。8人。 健脚・雪山
(11) 7月下旬の北アルプス赤木沢。雨。14時頃、2mの高さから滑落し、背中を強打。テラスに移動するも、息苦しく動けず、救助要請。8人。 健脚・沢
(12) 9月下旬、2泊の予定の九州・傾山。晴れ。2日目に無人小屋で疲労、発熱、下痢の症状。結果的に2日間動けず。5人。 健脚・テント
(13) 上記「健脚・沢」で死亡。増水でビバーク、連絡なし。留守本部から遭難届け。 健脚・沢

恒例の集中登山で多くの会員が
「緊急事対応訓練」に参加

西山ハイキングクラブの「ジャンル」
「超らく」 歩行距離5kmくらい。長い期間山行を休んでいても、楽に歩ける。
「らくらく」 歩行距離5〜10km。距離・高低差少なく、初心者も楽に歩ける。
「ビスターリ」 一般コースを時間をかけて歩く。
「一般」 長い距離を歩く。高低差が多い。
「健脚」 長い距離を歩く。高低差が多い。沢、雪など難度が高い。
●ジャンルの選択 西山ハイキングクラブでは、会員をランク・ジャンルに振り分けていない。山行例会をジャンル別に組み、会員が自分の力に合わせて、参加を選択する。
西山ハイキングクラブでは、毎年、全会員を対象にした「集中登山」を実施しています。加齢などに伴うジャンルの多様化により、なかなかすべての会員が顔をあわせる機会がないことから、ひとつの山域にいくつかのコースを設定し、山頂などで楽しい催しをしています。昨年は、オカリナの演奏や合唱、クイズなどとともに、「ハチ刺され」「骨折」などを想定して簡単な訓練に取り組みました。

今年の集中登山では、この間の討議の積み重ねもあり「緊急事対応訓練」をメインに取り組むことを決めました。

「緊急事対応訓練」は、シミュレーション作成の際に「想定事例」として挙げた中から、ジャンル(らくらく、ビスターリ、一般)別にそれぞれ1テーマを設定しました。また、参加者が多数だと、「お客さん」を作ってしまうので、できるだけ少人数のグループで実施しようと、1テーマを2グループで取り組むことにしました(1グループ15人程度)。

訓練の「想定事例」は、「らくらくジャンル」では「六甲麻耶山。気温高く多湿で汗だく、顔がほてり、気分が悪くなる(熱中症か?)。6月下旬、14時、快晴、パーティーは16人」。「ビスターリ・ジャンル」は「天王山。参加者の1人が谷筋で捻挫のため動けなくなった。5月中旬。14時。晴れ」。「一般ジャンル」は「赤木沢(黒部川)。2mの高さから滑落して背中を強打。息が苦しく動けない。7月下旬。14時。雨」と決定しました。

訓練に取り組むにあたっては、各グループのリーダー、サブ・リーダーに対して、事前に「想定事例」の説明を行いました。各グループは、討論会で検討された対応シミュレーションをもとに、手順(応急処置の方法、搬出をするのか、救助を要請するのか、パーティは事故後どのように行動するのかなど)を相談し、準備する装備等(ツェルト、ザイルなど)の分担も確認しました。

担架搬送には10人はほしい
想定事例を全員で体験する

4月19日、秀吉と光秀の戦いで名高い地元の天王山(標高270メートル)に5つのコースに別れて登頂し、山頂付近で「緊急事対応訓練」を実施しました。天候は晴れ、参加者は86人でした。

想定訓練は、各グループが「想定事例」にふさわしい場所に移動して行われました。グループごとに、各リーダーが想定事例の説明を行い、事故者、連絡要員、治療担当などを指名し、想定に基づいた、事故者の迫真の演技で始まりました。

訓練は、各ケースとも、まず事故者の状況確認・把握から始まり、その状況に応じて、リーダーの指示のもと、各人が「対応」を経験しました。

「らくらくジャンル」では、応急処置として、体温を下げるために、水分補給とともに涼しい場所への発病者の移動を行ない、発病者が動けないと想定し、連絡要員または携帯電話などで救急隊の要請を行ないました。救急隊が到着した後、発病者と付添いを除いたパーティーは、全員ただちに下山しました。

天王山という里山であっても、多くのところで携帯が通じません。このケースでは、携帯電話がどの地点で通じるのかという予備知識が必要でした。山行コース上の電波状況を把握しておくことが大切です。また、このジャンルは、体力的に比較的低い会員が多く、救助隊の要請などに機敏に対応できるのかなど、検討する必要がありました。

「ビスターリ・ジャンル」では、三角巾、テーピング・テープによる応急措置をしたあと、自力で搬送することにしました。方法は、そへんに落ちている棒とシャツ、ザイルなどで担架を作っての搬送、ザイルを「背負い紐」にした搬送、事故者を直接背負っての搬送など、いくつかを経験してみました。

この事例の想定の場所は、訓練場所と同じ天王山。通常30分から1時間程度で下山できます。捻挫程度であれば、自力下山をすることを基本としました。理由は、捻挫・剥離骨折をしても1〜2時間程度であれば、応急手当でしっかり固定すれば何とか自力で下山できるということを、過去の事例から経験していたからです。また、事故者がどうしても歩けない場合も想定して、担架、背負っての搬送も経験しました。担架で搬送する場合、山行参加者はいつも女性が多く、担ぎ手は6人程度では体力的に難しく、安全に搬送するためには交代要員を含め10人程度が必要だと確認しました。また、担架を作るのに10メートルのザイルが役に立ちました。また、背負っている人に対しては、後ろからシュリンゲで補助したり、段差などでは肩を貸すなど、サポートするべきです。また、パーティーは、事故者を搬出するために、全員そろって下山しました。

「一般ジャンル」では、事故者のケガの状況を確認し、三角巾などで応急処置をした後、事故者を励ますとともに、ツエルトを張ってビバーグも視野に入れた訓練を行ないました。また、木とザックなどで担架を作成して安全な場所への搬送、ザックによる背負っての搬送、連絡員による救助の要請などもしました。

この想定では「背中を強打」となっていましたが、どの程度の状況か(動かしていいのか悪いのか)が、専門家でないため判断に困りました。また、ビバーグする場合、最低何人が付添って残るのかも、パーティーの人数と力量も考えなければならず、難しい判断でした。パーティーは、ビバーグするメンバーを除いて下山しました。

「試してガッテン」
やってみて分かることは多い

実際に訓練をするまでは、「おんぶをして100メートルも進めないだろう」と、ほとんどの会員が思っていました。しかし実際にやってみると、女性でもザイルやザックでおんぶしても、ストックをもって相当の距離をすすむことができました。また、その辺に落ちている木とザックやシャツ、ザイルなどで応急の担架が作れること、担架による搬送もできることを確認しました。また、様々な方法(組手など)を試してみました。その結果、どうも実用には向かないと思われるものもありました。

各自の日常的な携帯品についても、再認識したところです。テーピング・テープ、シュリンゲなどは様々に応用できるものであり、事故に遭遇したとき、持っていれば、できることが多くなります。

難しかったのは、連絡者と受信者のやり取りです。あらかじめ報告内容の項目などを記載した「連絡票」を準備したのですが、正しく伝わらなかったり、要領をえなかったり、記録したメモが読めなかったりしました。事故が起こると平常心が失われ、その場では分かったつもりでも肝心なときに記憶があいまいになってしまいます。この点では、さらに経験を積む必要があるようです。西山ハイキングクラブでは、「会員証兼緊急連絡票」を最近作成し、山行時には携行するように啓蒙しています。

訓練実施後、「おんぶできるとは思わなかった」「事故を起こしたら大変やな」「おんぶしてもらうためには、これ以上体重増やしたらあかんな」「遭対基金の口数を増さな」など、「緊急事訓練」に対する感想が寄せられています。今回の訓練には、約6割の会員が参加し、緊急時に対する会員の意識を高め広げたと思います。同時に、事故を起こさないこと、安全山行がいかに大切であるかを再確認しました。

事故は自己責任ですが、万一事故が起こったときには、その対応策をしっかりさせておくのはクラブとしての責務だと思っています。

西山ハイキングクラブの
会員証に書いてあること
(1)会員番号 (2)氏名 (3)性別 (4)住所 (5)自宅電話
(6)血液型 (7)身長 (8)体重 (9)緊急連絡先 (10)持病。
会員証は、定期券程度の大きさでラミネート加工されている。


[写真キャプション]
上: 三角巾での応急処置。練習せずにできる人はいない。
中: 木と細引き、ザック、敷物などを使って担架を作り、事故者を乗せる。想定事例が「背中を強打」だったので、担架に仰向けに乗せてよいのか疑問をもった。このときは、背中が痛くないように担架と背中の間に多くのクッション(敷物など)を置いた。担架は、担ぎ手の歩調を合わせるのが意外に難しい。
下: 事故者をザックを使って背負い、谷から平坦なところへ搬送する。補助に細引きを張った。

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