1.21世紀登山の当面の主要な課題について
1).21世紀登山と当面の主要な課題及び中期的な目標について
現在、日本の登山界がかかえる最大の課題は、中高年を中心になかなか減らない遭難事故への対応と、山岳自然と登山との共存の課題である。そしていまひとつの大きな課題は、日本の登山文化の継承発展にかかわる後継者、すなわち将来の登山界の担い手たる青少年の育成の問題である。これらの問題は、いずれもが日本山岳協会や労山といった山岳団体が個別に取り組むのではなく、日本の登山界が智恵と力をあわせ一致協力して取り組むべき大きな課題である。特に日本の登山分野のナショナルセンタ−である、日本山岳協会や労山の役割と責任は格段に重いといわなければならない。これらは日本の登山界の21世紀前半、あるいはもっと長期にわたる最重要課題になっている。労山はこの21世紀も国民的な視点での登山の普及と登山文化の発展継承という、基本的な立場をつらぬきながら活動を展開していきたい。
(1) 遭難事故防止の課題について
遭難はここ十数年中高年登山の発展と共に急増し、毎年2百数十名もの尊い生命が失われている。その大半は未組織登山者であり、登山界あげての一層の取り組みの強化がのぞまれる。一方で労山内の遭難も、毎年10名前後の会員が生命を失い、約300件もの事故が発生して多数の会員が重軽傷を負うなど、依然として重大な状況が続いている。登山の基本的な技術や知識の習得はもちろんのこと、より高度の登山をめざす会員にとっても、クラブ・地方連盟・全国連盟それぞれのレベルでの技術教育活動を抜本的に強化していくことが必要である。特にクラブレベルでの教育機能の著しい低下がみられる今日、地方連盟段階での登山学校などの技術教育活動の構築と強化がきわめて重要である。
組織内の事故を減らすことは無論であるが、国民的な登山・ハイキングの普及発展という観点で、未組織登山者の組織化や開かれた登山学校・講習会の開催など技術教育や遭難対策活動を全国各地でおおいに展開していきたい。しかし、近年地方連盟などの主催する登山学校や講習会などでの事故が増えつつあり、これらの実施にあたっては十分な準備・検討を行い、特に講習生の安全には最大限の考慮を払いたい。
(2)山岳自然と登山の共存のあり方の追求
温暖化や酸性雨(霧)による破壊や植生・生態系の撹乱・変化と、シカなどによる食害は日本の各地の山岳自然を蝕みつつある。ここ数年「異常気象」とよばれる状況が多発しており、それらの多面的かつ科学的な検証が必要ではあるが、ヒマラヤの氷河の顕著な後退や極地の氷山の融解など、グロ−バルな意味での地球生態系の変化がじわじわと進行しているのは明らかである。未だに続けられている乱開発や登山者・観光客によるオ−バ−ユ−スなども含めて、いまや日本の多様で美しい山岳自然を子々孫々の未来に残すことができるかどうかという深刻な状況にある。特に温暖化の影響については、環境省の予測でも山岳のみならず、ブナ林の後退などこれからの日本の自然生態系全体に大きな変化がもたらされるものと推測されている。労山は現在「自然保護憲章」の策定に努力しているが、21世紀前半の日本の登山と自然との共存の実践的なモデルとなることをめざしている。制定委員や理事会等の限定された論議だけでなく、関係各分野の専門家・研究者の意見も参考にしつつ会員の全国的な議論を重ねながらつくっていきたい。完成された憲章というのではなく情勢の変化によって随時再検討をおこない改訂できるようなものにしていきたい。
(3)日本の登山の将来の担い手や、健全な青少年の育成の問題について
登山に取り組む青少年は、近年「少子化」の影響もあり、きわめて少なくなっている。大学山岳部の多くは毎年新入部員が入っても僅かで、存続の危機に立たされているところが多く、力量も大きく低下している。高校山岳部やWV(ワンダーフォーゲル)部も顧問のなり手が居なかったり、文部科学省や学校当局の指導や通達などで冬山やクライミングに規制が加えられたりして、全体として活動は低迷している。概して青少年にとって登山は魅力的なスポーツとしてより、3K(きつい、暗い、汚い)的にとらえられ、特に中学校や小学校では登山や自然体験を学校教育で学ぶ機会はほとんどないといってよい。これにはコンピュ−タ−ゲ−ムや塾通いなどの子供の生活と教育をめぐる社会環境の変化も、大きく影響している。より低年齢化する青少年の凶悪犯罪などの増加や、高校や大学卒業者の就職難・フリ−タ−化など、青少年をめぐる社会環境は劣悪化と荒廃の一途をたどっており、日本社会の将来にも暗い影を落している。わたしたちは登山活動そのものや登山を通しての自然体験などが、青少年の肉体や精神の健全な発達に積極的な役割を果たすことができると確信している。今こそ登山の社会的、文化的な価値を標榜しているわたしたち登山団体が、青少年の登山や自然体験の場をさまざまな人や機会を活用して組織していくことが求められている。かつて労山は子供の「冒険学校」などを全国各地で実施してきた経験があるが、青少年をめぐる社会環境の変化やかれらの意識の変化もふまえながら、登山者の後継者育成に直接つながるということだけでなく、登山団体としての社会的な責務と役割のひとつとして、これらの活動に新たに取り組んでいきたい。
また、学校山岳部・WV部などの組織化や援助にたいしても引き続き努力し、この分野で経験のある他団体とも交流をしていきたい。
2)第26回全国総会で提起された主要な論点
以下は第26回総会で中心的な課題として提起されたものであるが、あらためて確認したい。
(1)1千万登山者、ハイキング愛好者の利益を担い得る力量を備えた、5万〜10万の労山をつくり上げる課題。当面、現在の2倍の5万人をめざす
(2)増えつづける遭難事故を減らすための本格的な取り組み
(3)新たな視点にたった山岳自然保護のための「山岳自然保護憲章」づくり
(4)登山界の垣根を越えた協力共同の追求
(5)世界の平和に貢献する国際活動
この提起やその後の第1回評議会などの全国的論議とその後の情勢をふまえて、当面の中期的な目標(5年後の労山創立50周年から10年後の55周年ぐらいまで)を提案したい。
3)当面の中期的な目標について
(1)2010年までに、まず3万人の労山会員の実現をめざす。そして、10年後の2015年までに現在の会員数の倍加、すなわち5万人会員の実現をしたい。
(2)労山内の遭難事故を減らすための抜本的かつ具体的な活動をさらに強め、死亡事ゼロを大目標として、死亡事故および全体の事故件数の減少を各地方連盟の基本的な課題としたい。そのための技術教育活動の一層の強化と、全国連盟からの地方連盟の教育活動への支援や安全対策基金を活用した補助など、バックアップ体制をさらに整備していきたい。事故を減らす目標を設定し、具体的には毎年2ケタを数える死亡事故をこの3年間で50%以下に、全体の事故件数をこの5年間で現状の3分の2以下、すなわち200件以下に減少させることを目標としたい。
(3)21世紀前半の、山岳自然と登山の共存の実践的な指標(モデル)となるべき「山岳自然保護憲章」の策定を、2006年2月の第27回全国総会までに実現する。
(4)次代または次々代の日本の登山界をになう後継者育成につながる、青年から少年世代までを対象にした登山や山のアウトドア活動、ファミリ−キャンプなど自然体験や自然保護の体験学習などの活動に取り組む。小中学校関係者(PTA、父母会)や地域自治会、学童保育など、教育関係者・アウトドア専門家や地域ボランティアなども巻き込んだ、新たな活動に着手したい。フリ−クライミングの体験講習なども、積極的に取り入れたい。
これらの取り組みは、すぐに登山の後継者育成につながるものではないが、登山やクライミングなど登山そのものや山岳自然にふれることで「かけがえのない生命や自然、環境」の問題を考えることのできる健全な青少年を育てる一助となる。これを登山団体の社会的役割の一環である大切な活動として位置づけたい。
(5)登山界の将来にかかわる共同の事業(統一山岳共済、「海外登山情報センター」などの実現)の推進のため、積極的なイニシアティブを発揮する。そのため「山岳4団体役員懇談会」や「山岳レスキュー協議会」、「自然保護山岳6団体協議会」など、さまざまな協力共同の活動の場を重視して参加していきたい。
(6)UAAA(アジア山岳連盟)を中心とした国際交流を通じてヒマラヤ、チベット、カラコルムなどの高山をもつ各国や、天山など中央アジアの山々を含むアジアの国々との山岳団体間の交流をおおいに進める。紛争地域や自然破壊などの問題をかかえている国も多く、日本の他の山岳団体とも協力しながら「平和あっての登山(海外登山も国内登山も)」の立場で友好と交流の活動を進めたい。UIAA(国際山岳連盟)へのオブザ−バ−加入も、さまざまな角度から検討したい。UIAAは一国一団体代表が原則であり、日本では日本山岳協会が代表だが、労山のオブザ−バ−加入は可能である。
2.登山をめぐる動向
1)登山をめぐる情勢・・・世界と国内の情勢について
2002年の9.11のテロ以来、アフガニスタンに続くイラクに対するアメカの軍事行動でその思惑とは逆に、かえって世界は不安定で混沌とした情勢になりつつある。そのことは国際的な面での登山分野にも、さまざまなマイナスの要素をもたらしている。世界の各地で異なる宗教や民族間の戦争や紛争、貧困を原因とする国内での対立や武力紛争などが頻発している。アジアでもネパ−ルやインド・パキスタン間のカシミ−ル紛争、タリバ−ン政権崩壊後のヒンズ−クシュ山脈を抱えるアフガニスタンなどの他、中央アジアでも混乱の火種がくすぶっている。
一方国内の登山をめぐる社会情勢は、特定の大企業の史上空前といわれる利益計上をよそに、リストラ・倒産や大量失業など国民の消費支出は冷え切ったままで本当の意味での景気回復には程遠い。相次ぐ社会保障の切り下げや医療・介護費用の負担増という政府の施策に、国民の将来不安は増すばかりである。加えて2004年は「異常気象」といわれた台風の大量上陸による大きな被害や、新潟中越地震の深刻な災害の広がりが、多数の被災者国民に生活不安と生活再建の面での苦難をもたらしている。さらに混迷を深めるイラクへの自衛隊派遣の継続や勢いを増す憲法改悪の動き、そして東京都などの「日の丸、君が代」問題など、日本の民主主義の根幹を危機に陥れるさまざまな動きは、それらに抗する民主勢力の根強い活動はあるものの、国民にとって将来不安とともに日本社会の閉塞感を強める結果となっている。
本来国民的な文化としての登山は、豊かで安定し平和な社会環境という土壌の上でこそ発展が可能となるものである。現状では、日本社会はそれらに大きく逆行する動きとなっており、登山文化を真に発展させるためには関係諸団体・諸勢力と連携しながら、われわれ登山団体の格段の努力が必要となっている。
2)国内登山の動向
(1)中高年登山の変化と世代交替
1980年代から急速に発展を続け、いまや登山界の圧倒的な多数勢力となった中高年登山は、21世紀に入っても相変わらず多数勢力ではあるものの、その発展には翳りが見え始めている。中高年の最大勢力である「団塊の世代」は50歳代半ばから後半に入っており、いずれ60歳代に突入する。中高年世代でも60歳を境にまず中高年登山者の過半を占めている女性が、登山からリタイアする傾向が出ている。そして60歳代半ばからは多くの「高年登山者」は活発な登山活動からは遠ざかる。現在の団塊の世代の登山者には20歳代から登山を続けてきた「継続型登山者」も含まれ、彼らの多くは山岳会やハイキングクラブでも豊富な登山経験から、指導者として活動してきた経緯がある。すなわち豊富な登山活動の実績を持ち、山岳会やクラブ運営の中枢をになってきた登山者群が次々とこの世界からリタイアする事態が、この10年程で確実に到来する。
問題は「継続型」のリ−ダ−層の大挙引退が、現実の登山界や各山岳会・クラブにどのような影響を与えるかである。登山界各分野の世代交替の準備が、着実に進んでいるとは思えないことから、これらの影響は今のところ具体的な予測はできないが、登山の運動や実践の面で各分野に一定の空白や後退をもたらすことが考えられる。
近年、高所登山などにおける60歳代のめざましい活躍が注目されているが、多くの中高年登山者にとって21世紀が真に花開く時代になるのか?。 登山界の世代交代への対応も含めて登山団体にとっても今後の新たな課題になるであろう。
(2)国内登山の動向
アルパインクライミングは依然として低迷の域を脱していないが、少数ではあるが活発なクライミングを展開している青年を含めた登山者が存在している。各山岳会のレベルでみるとアルパインクライミングの層は多くの会でごく少数にとどまっているが、雪山や山スキ−、沢登りを実践している層まで含めれば、本格的な登山者層は労山内でも一定の数を占めている。その一方で、多くの会で高年齢化が進行している。20〜30歳代の青年層の獲得は、会の活性化や維持のため、そして次世代につながる後継者育成の意味でも重要となっているが、成功している会は多くない。
圧倒的な中高年登山者層はアルパインを含めて多様な登山を実践しているが、多くはハイキング・尾根歩きの層である。組織登山者である労山会員でも百名山を目標としたり、会・クラブだけでなく自分の要求を実現するため旅行会社主催のツア−登山を利用する人たちも少なくない。年齢の高齢化につれ、体力に見合って長く山や自然を楽しむために、ウォ−キングや冬のスノ−トレッキングなどに取り組む人々も増え始めている。またフリ−クライミングは、アルパイン層から人工壁でのフリ−のみという中高年層まで、年代や志向を越えて多くの人々に普及している。
3)海外登山の動向
(1)海外高峰登山の動向
8000メートル峰を中心とした特定の高峰へ人気が集中する様は相変わらずである。2004年に初登頂50周年を迎えたK2(8611m)は、過去最高の20隊、百数十人が殺到し、ひさびさの登頂ラッシュを見せた。K2の延べ登頂者数はこれで約250人となった。一方、2003年に初登頂50周年を迎えたエベレスト(8848m)は、2004年の春だけでも300人以上の登頂者を出しその人気ぶりは衰えを見せない。この結果、エベレストの延べ登頂者数は2000人の大台を軽く超えてしまった。商業公募隊による登山もあれば、クライミングシェルパ数人を連れた隊員一人の登山隊もある。長年の経験の蓄積から登山戦術が確立され、登山者をサポートする高所ポーターの力量も向上し、さらには高性能の酸素ボンベを誰でも容易に入手できる時代になったことなど、登頂を可能にする仕組みが出来上がり、エベレストを頂点とした超高峰の人気が今後も続くのは間違いないところである。
全国連盟8000メートル峰登山は過去2度敗退したK2(8611m)に3度目の挑戦をして4名の隊員が登頂に成功した。このK2登頂で9座目の8000メートル峰登頂を果たした労山全国連盟隊であるが、この登頂前の7月、労山全国理事会は全国連盟隊による8000メートル峰14座全ての登頂を目指して8000メートル峰登山を継続してゆくことを決定した。
(2)高所登山学校
高所登山学校は1988年から全国連盟海外委員会主管のもと、高所登山の分野での人材育成と高所登山のチャンスに恵まれない労山会員への機会提供を目的として開催されてきた。中期、短期合わせてこれまで25回にわたって162名の受講者を送り出し、90年代半ばまでには、各地の高所登山、海外登山の中核となった、あるいは今でも中核となっている受講者を幾人も輩出した。その意味においてこの高所登山学校の果たした役割は大きかった。しかしながら近年は受講者の参加の動機がツアー登山参加的傾向になっている。その点において、高所登山学校はあり方を見直す時期に来ていると思われる。
(3)海外登山の普及と発展・遭難防止
海外登山も多様化し、その情報もインターネットの普及により、誰でも気軽に取得できるようになった。これから、ますます多くの地域に入山できるようになるだろう。
しかし、高所登山の基本は(1)確実な高所順応、(2)冬山の基礎・基本技術、(3)生の現地情報等であり、ヒマラヤの高峰に気軽に入れるようになっても、この基本は変わらないと思われる。
また、日本を代表する登山家のヒマラヤにおける遭難事故、特に雪崩事故が発生しているが、不可抗力というだけでは今後につながらない。日本の登山界の大きな損失を防ぐためにも対策を考えなければならない。
4)遭難事故について
(1)日本国内における山岳遭難事故
警察庁の山岳遭難事故統計で2002年は発生件数1348件・事故者数1631人、2003年の発生件数1358件・事故者数1666人といずれも統計を始めた1961年以来ワースト記録を塗り替えるものであった。死亡事故・行方不明者はここ数年200名を越える動きとなっている。事故の多くは相も変わらず中高年に集中し、死亡事故においては9割を超え、行方不明、転倒、滑落など初歩的、体力的な要因からくる遭難事故の多くを占めている。
最近の遭難事故では、2004年2月に関西学院大学ワンゲル部の福井・石川県境の大長山で起きた遭難から冬山への登山認識が問われ、また50人パーティーによる千葉の里山での道迷いで「計画段階ではミスはなかった」のリーダー発言からモラルを問う報道がなされた。
その他、多くの遭難死亡事故が報じられたが、それらの遭難が計画段階を含め適切であったか報道だけでは判断しかねるが、大雨や落雷の予測の判断ができない行動であったり、ガイド頼みの引率登山であったりと万全の体制の登山ではなかったのではと判断する。
一方、ロープなど登山器具を使った事故も増加している。その原因のひとつにはピークハントや縦走志向の中高年登山者が岩登り、沢登りといった分野に物見遊山的な部分を残したままの参入ではないかと思われるものがある。今後の傾向として体力不足、知識の不足、経験不足あるいは過信といった要因に加え、循環器の疾病などによるメディカル遭難事故が増加してくることも予想される。
(2)山岳遭難における法的責任
遭難事故のリーダー責任、主催責任を問われる裁判も多くなっていく傾向にある。2002年7月、北海道・大雪山トムラウシ山でおきた遭難事故で、ガイドが責任を問われて禁固8ヶ月の求刑にたいし執行猶予つきの有罪判決がおりた。1994年、弘前大学医学部山岳部の冬山での遭難にたいして、両親が国とリーダーの責任をもとめ提訴し、2004年6月の判決では遭難者の自己責任として両親の主張を退けた。2000年文部科学省・登山研修所主催の冬山研修会で大日岳の雪庇崩壊事故にあった大学生のご家族も国と講師に責任を求める訴訟をおこなっている。
(3)公的機関による救助費用
ヘリ救助の技術向上と普及発展とともに、運営する地方行政の救助費用増大と、タクシー代わりに安易に救助を要請する登山者への警告を含め、2003年10月に田中長野県知事による山岳救助ヘリの有料化という発言があり論議をよんだ。受け入れるか否か山岳団体としての対応がせまられたが、当面は有料化はありえないことを確認した。
(4)海外登山での遭難
海外の遭難では、2004年10月にアンナプルナT峰北面で名塚氏ほか1名が雪崩で遭難するなど果敢に挑戦する遭難に加え、ガイド登山中に62歳の女性登山者がエベレスト登頂後に死亡するなど、高年齢登山者の参入により事故の形態も様変わりをしてきている。
(5)労山内の遭難事故
労山事故一報から2003年中の事故者数317名、死亡者数11名、2004年は事故者数307名、死亡者数5名の報告があった。
年代別、性別でみると50歳代女性の発生率が高くなっているのが特徴的である。
日本山岳レスキュー協議会発表の「第2回山岳遭難事故報告書」から労山内の事故の発生状況が69名に1名、日山協では193名に1名、都岳連では365名に1名と出ている。データーベースの違いこそあれ労山内での発生率が高いことを示している。
分野別でみると一般縦走やハイキングの事故率が下がり、アルパイン分野の比率が高くなってきている傾向にある。
(6)教育活動における遭難事故
ここ数年、安全登山を目的とした登山学校や講習会での大きな事故が発生している。遭難対策を進める上で登山学校や各種講習会は不可欠であるが、ここでの事故は学習を広く進める上で大きな障害となる。主催者側の安全に対する責任の重さを考えると事故は絶対に避けなければならない。
5)労山の組織の動態について
2000年代に入ってから伸び悩んでいる会員数は、2004年度も減少傾向が止まらなかった。また大型ハイキングクラブで議論が起こっている「納入連盟費に対してメリットが少ない」という考えが、各地に蔓延している。現状では遭難対策基金の優位性も、本格的なアルパインクライミングを行わない団体では、切実に受け止めることが難しいようだ。
また、会員の高齢化に伴い、活動できなくなって解散していく団体も少なくない。各団体も新会員を募集するとともに、会運営を担う人材の育成を視野に入れた活動をしなければ、衰退の一途をたどることになる。
6)山岳自然をめぐる動向
(1)地球温暖化による深刻な影響の広がり
北海道のアポイ岳では植生の変化により、高山植物が衰退の危機にある。北アルプス・ 室堂では熱帯性ウィルスによると思われるライチョウの不審死。暖冬によるシカの大量越冬も全国的に広がっている。特に、東京の奥多摩では森林の40%が食害にあい、川苔山では大規模な砂礫化による作業道の消滅が起きた。
日本の山岳地帯の積雪量は気象庁のデータでも確実に減少し、20年前との対比で1m以上の積雪量減少地点が全国各地に広がっている。
地球温暖化が日本の山岳地帯の植生と野生動物に具体的な影響をあたえはじめてきた。
(2)依然として続く無駄な公共事業と乱開発
最近では、日高横断道など開発の見直しや工事の凍結が続いているがこれで自然破壊に歯止めがかかったであろうか。行政は、完成のメドの立たない開発計画を財源不足のために凍結しているだけで大規模林道、ダム建設などの開発指向は依然続いている。登山者しか訪れない奥山でも無駄な砂防ダムの建設が止まらない。脱砂防ダム宣言という運動が起きている。また、自然再生法による保全・再生という名目で、従来どおりの開発計画が復活する恐れもある。さらに、開発を中止した場合の後始末の問題が新たに出てきている。
(3)解決が迫られるオーバーユース対策
山のトイレ問題は待ったなしの状況にある。自然を傷つけない登山(ローインパクトの登山)の観点から山域にあったトイレが追求されるべきで、その手段のひとつとして携帯トイレも普及している。
集団登山は依然として利用の集中とマナーが問題となっている。リーダーに対する自然保護教育の制度化や、グリーンツーリズムの導入、利用の分散を勧める。
登山道の木道・階段化はオーバーユースを促進している。したがって、安全対策や自然保護のために必要な最小限度の整備にとどめるべきである
(4)クリーンハイク運動の新しい段階
2004年クリーンハイク集計報告によると、多くの地方連盟でクリーンハイクについて新たな模索が始まっている。マナーの向上により山のゴミが減少傾向を示していることにともない、水質調査や登山道整備、酸性雨調査などの活動が各地で始まっている。
同時に、登山が山岳自然を持続的に利用できるための新たな自然保護活動をはじめる必要が出てきた。登山者が登山をつうじて参加できる環境問題として『生物季節観察体験レポート』という新しい自然保護活動をひろめたい。
(5)ふるさとの山を守る運動と労山自然保護憲章
今、私たちが楽しんでいる登山文化を後世に伝えていくためには、山岳自然の保護と持続的利用が緊急かつ永続的な課題である。そこで、自らの取り組みの宣言として自然保護憲章を制定する。この自然保護憲章は各地の労山の「ふるさとの山を守る運動」の成果の上にたって作られるべきもの。本評議会以降、全国各地で討議を開始する。
7)登山界の共同の動向
毎年、夏に開催されている恒例の山岳団体三役懇談会では、(社)日本山岳協会、(社)日本山岳会と日本ヒマラヤ協会の役員と交流している。2004年からはは単なる交流だけでなく、それぞれの課題で協力の訴えや共同で推進することを提起して進めることになった。日山協からは「富士山測候所跡地研究センター」設置の協力要請。労山からは登山の未来を担う青少年の自然体験に関わる問題。日本山岳会からは創立100周年記念事業。ヒマラヤ協会からは高峰登山調査用紙の統一について山岳雑誌に共同広告を出すこと、海外情報センターの必要性、登山共済制度の統一などが意見として出され、4団体常設の実務者会議を設置して話し合うことになった。
9月の山岳団体自然環境連絡会議では10月のアジア山岳連盟総会でアジア山岳自然環境会議を開催することを打ち合わせた。
毎月、定例で開催している日本山岳レスキュー協議会の活動としては、「山岳遭難事故調査書」による事故分析、および12月に東京で山の応急処置講習会を実施した。
8)登山をめぐる国際的な動向について
2004年10月初めに、台湾の中華民国山岳協会から日本の登山団体や登山関係団体に対する交流と玉山登山を含めた約一週間の招待ツア−があり、他団体の役員とともに労山全国連盟からも2人の役員が参加して、国際交流を行った。
引き続き10月下旬にUAAA(アジア山岳連盟)の第10回総会が韓国南部の光州で開催(5日間)され、全国連盟から理事長・事務局長の2名が参加した。今回はアジア山岳連盟の10回総会記念の関連行事もあったが、アジアの14ヵ国からの代表が参加し、各国登山団体の活動報告やアジア山岳連盟の今後の活動、自然保護の課題などの議論を行った。アジア山岳連盟も今回タイの新加盟など、新興国(マレ−シア、インドネシア、モンゴルなど)の参加もあり、われわれも積極的にすべての参加国代表と交流を行った。また日本を代表する山岳団体として、JWAFの活動をおおいにアピ−ルした。将来的にはUIAA(国際山岳連盟)への加入の問題もあるが、まず世界の高峰の大半を集中させるアジア山岳連盟での活動と交流を重視したい。もちろんこの地域は、一方で国際的に戦争や紛争およびテロなどさまざまな問題をかかえているが、労山は「登山を通じての平和と友好」をかかげながら活動をすすめていきたい。
3.当面の重点課題について(第27回全国総会まで)
1)2005年9月に山梨県で「2005 労山 フェスタ」を開催し、これを成功させる。
この集会を労山の組織や運動そして登山活動の、新たな発展への大きな契機としたい。
2)組織強化と拡大の方針
(1)中期目標である「2010年までに会員数3万人」実現に向けて、全国連盟と地方連盟が協議しながら会員拡大のための活動計画と目標を明らかにする。
(2)全国連盟組織部の体制を確立し、会員拡大の活動計画の作成や地方連盟の組織の活動の把握をおこなう。そのために全国理事の地方協議会ごとの担当者を決め、組織やその他の問題で各地方協議会や地方連盟との密接な情報交換をおこなう。
(3)大型クラブの脱退やハイキングクラブのかかえている問題などについて、実状の把握と労山が抱えている組織的な課題の解明をおこないつつ、それらの解決に努力する。改めて労山加入のメリットや組織や運動の優位性について、確信を持てるようにしたい。そのためにも不断に、活動の見直しや改善を図っていくことが重要である。
(4)圧倒的多数の未組織登山者の共感と賛同の得られる、労山の組織づくりと運動の構築に総力をあげる。昨今の登山をめぐる厳しい社会情勢の中で、登山文化の担い手としての労山の社会的な役割と責任を明確にし、労山全体の共通の認識としたい。
(5)未組織登山者を視野におき、労山の組織の魅力と活動内容をアピ−ルできる広報・宣伝活動をおこなう。労山全国連盟のホ−ムペ−ジの充実に努めつつ、各地方連盟もそれぞれのホ−ムペ−ジづくりに努力する。
3)2004年12月に第1号を発行した「ろうさんニュース」(年4回発行を予定)は、機関誌「登山時報」を補完する全会員向けのニュ−スレタ−紙であるが、これの発行を軌道にのせる。登山時報の誌面改善や全国連盟のホ−ムペ−ジ充実とあわせ、複数メディアにより、全国連盟や各地の労山のいきいきとした活動を的確に会員に伝える。
4)全国連盟、地方連盟、各クラブはそれぞれの立場で、国内外の多様な登山の発展に一層力を尽くす。アルパインクラミング、ハイキング(ウォ−キングも)、沢、雪山、山スキ−、フリ−クライミングなどのさまざまな登山分野に年代も経験も異なる多数の登山者、ハイキング愛好者の要求が存在している。労山の仲間だけではなく、未組織の人々の登山・ハイキング要求にも積極的に応えていく。多様な登山要求に応えられる登山学校、各種講習会などの実施は、登山・ハイキングの活性化やレベルアップに、そして事故防止の意味でも決定的に重要であり、現時点ではこの分野での地方連盟の役割が特段に大きい。
5)遭難事故防止のための技術教育・遭難対策分野の活動を一層強化する。技術委員会や技術や用具の検証のためのプロジェクトチ−ムなどの活動の強化、そして地方での登山学校や各種講習会への講師派遣への援助などの活動を強めていく。全国連盟としては各分野の「講師登録制度」の早期発足と、地方への支援システムの一層の充実を図っていく。
6)全国理事会の強化を目的とした広域全国理事会体制について、研究と議論を促進させたい。全国理事会でも論議を開始しているが、財政や現行の理事会体制の改編および全国連盟規約改定にかかわる問題であり、27回総会に改めて提案したい。
7)この評議会での論議をへて合意ができれば、2006年2月の第27回全国総会までに遭対基金の資産保全を目的とした新しい全国連盟事務所を確立したい。この新しい事務所は労山会員全体の共有財産であるが、また同時に労山運動の新たな飛躍の一大拠点となる。単なる事務所としてだけではなく、登山にかかわるさまざまな情報の受発信(双方向の)のセンタ−として、そして膨大な山岳図書や活動・記録の資料を集めた山岳図書室・資料室として、さらには中小規模の会議の会場として、全国の会員が色々なニ−ズで利用できるものとなろう。さらには登山団体の協力共同の活動の拠点としても、おおいに利用され貢献することとなる。
8)21世紀登山での自然と登山の共存の実践的なモデルとなる、「自然保護憲章」の全国的な論議の推進。
9)地方連盟や各クラブは、新たな活動として、青少年の登山・アウトドア、自然体験や自然保護などの講習や行事を、学校や地域のさまざまな組織とのかかわりの中で実施することにより、登山の将来の担い手づくりに着手したい。
10)新会員証の一層の普及とメリットの拡大や、新しい労山リ−フレットの発行および登山関係マス・メディアを活用した一大キャンペ−ンを展開して、労山の宣伝を行い会員拡大を加速させていきたい。
11)「海外登山情報センタ−」や「統一登山共済」の実現など、日本の登山界がかかえる将来への共通のテ−マについて積極的に取り組む。当面は、議論のテ−ブルに参加していくこと。その他、遭難対策や自然保護の分野での協力・共同の活動におおいに参加し、推進していく。
12)労山の次の世代の指導者育成のため、2005年度より「労山中央セミナ−」(仮称を開催したい。内容は登山史や労山の歴史、労山運動の到達点と展望、遭難対策論、自然保護運動、指導者論などを予定し、労山内外の講師でおこなう(有料の予定)。
13)労山の法人化については、現在進行している政府の公益法人制度の抜本改革の動向を見守りつつ対応するということであったが、2004年11月に公益法人制度の改革案が提案された。行政サイドの認可システムなどが緩和されるなどの有利な面があるものの、まだまだ行政の規制がさまざまな形で残されるとの疑念や寄付に対する課税など明確でない部分も多く、現在「みなし法人」で今後新たに法人格をとろうとするわれわれ労山には、まだしばらくはこの<抜本改革>の行方を注視すべきと思う。その一方で、2005年から事業者の消費税の課税最低限が一千万円まで引き下げられた。労山も将来法人化をめざしており専門家と相談しつつ、2005年度からこれらに対応した財政の体制を準備、実施していく。
14)新日本スポーツ連盟とは、将来の関係を含めて解決しなければならない、いくつかの課題があるが、昨秋に久しぶりの両団体の役員懇談会を行い、ざっくばらんで友好的な話し合いを行った。今後も継続的な、あるいは必要ならば実務者同士の会議を行いながら、民主的なスポーツと登山団体としての連携・協力を前提に課題の解決に当たっていきたい。
15)登山と平和の問題では、「日本の平和と民主主義の危機」といわれる昨今の状況にかんがみ、登山団体としての労山の立場から友好団体、民主的な諸団体と協力しながら日本の平和と民主主義を守る活動を続けていきたい。UAAA(アジア山岳連盟)をつうじての、国際的な平和の活動も継続して行う。
4.その他の課題について
1)アルピニズムの振興を目的として設立された「吉尾弘基金」の運営は、追悼集「垂直の星」の印税や有志の寄付を原資に、優れた登攀や記録的な登山についての表彰をこれまで2回(2004年分を含め)行ったが、プールされた資金が潤沢なわけでなく、このままでは吉尾弘さんの遺志をつぐためのこの基金を将来にわたって運営することは困難である。寄付の募集等の新たな手段を考え、基金の安定的な運営を考えていきたい。
2)全国連盟理事会の欠員発生に対応して、理事の補充や専門委員の積極的な増員を図りたい。
3)全国連盟事務局活動の引き続く改善と効率化、合理化を図る一方、全国連盟の活動を支える財政活動の長期的な視点での見直しも徐々に行っていきたい。
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